2024年11月9日土曜日

Raul Midon “a world within a world”

Love Is Gonna Save My Life

2007年。ラウル・ミドン Raul Midon という方、写真を拝見しますと、南米はブラジルのシンガーソングライターなのかと思わせるような風貌をしております。スティーヴィー・ワンダーを彷彿とさせるなんて紹介しているのを見かけましたが。

米国を拠点に活躍中だという彼のこのアルバム、邦題は、世界の中の世界。ジャケットのデザインは、彼に聴こえる音、そして彼だけの世界を表現したものでありましょうか。彼は受け身ばかりではなく、ギターという音を発せられる道具を携えています。

ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello が参加したのは、あまりベースの出番もない、静かめの曲です。正直、ミシェルでなくてもいいような。とはいえ、もう間違いなく良い曲で。

なんとなく、ボブ・マーリィの歌など思い浮かべてみたり。ソウルフルとされる歌声と、ギター一本だけ、彼一人で充分に成り立つ曲をサポートするに徹するばかり。けして邪魔にならないようにしたら、この少ない音数になったのかもしれません。



2024年11月2日土曜日

Nguyên Lê Purple “Purple: Celebrating Jimi Hendrix”

Are You Experienced
Voodoo Child (Slight Return)

2002年。グェン・レ(Nguyên Lê)は1959年生まれ。両親がベトナム人で、彼自身はパリで生まれ育ったという、いわゆるベトナム系フランス人のギタリストだそう。
ジミのカバー集10曲、ですか。自身のオリジナル曲はなし、ですと。

ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello は二曲に参加。聴く前から期待値も上がる、ジミのあの代表曲、有名曲にてベースをプレイであります。

ミシェル自身もすでにジミをカバー。自分のアルバム “Bitter”(1999年)に、ジミのデビュー・アルバム(1967年)に収められていた “May This Be Love” を収録。
だから、一言ぐらいミシェルも教えてやれば良かったのに。ジミのカバーは、どれか自信のあるやつを一曲ぐらいにしておきなさいとかなんとか。
もう数多の皆々様がカバーしていますから。ましてアルバム一枚をジミでやるなんて。

この方も他との違いや自身の才気を見せたかったのでしょう、いろいろとアレンジして。ジャズに、ほんのりアジアン風味だったり。
タイトルを、トリビュートどころかセレブレーティングにまで持ち上げて。
聴く前に、こちらが勝手ながら想像したのは、この方のベトナムというワードだったでしょうか。そこに、ミシェルがからんでくるのだから、という期待だったかもしれません。

ドラムはテリ・リン・キャリントン Terri Lyne Carrington で、彼女とのつながりでミシェルが参加したと思われますが。彼女はかなり歌ったりもしていて。
ミシェルが歌うのも聴いてみたかった、もしもアジアン色がもっと出ていたら、とか実力派の強力なボーカルがいたなら、等々あったとしても。

数多のプロもベテランもアマチュアも。あの人もこの人も、誰もかれもがやった、それらを全てひっくるめた頭上のはるか遠くに、ジミ自身が光輝いて君臨しています。ぶっ飛んでいます。



2024年10月19日土曜日

Zap Mama “ReCreation”

African Diamond

2009年。マリー・ドルヌ Marie Daulne のソロ・プロジェクトだというザップ・ママ。
前作のアルバム “Supermoon”(2007年)に続いて、今回もミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello がベースで一曲に参加。

こちらはドラムがトニー・アレン Tony Allen によるもの。
ナイジェリアのラゴス生まれ、1970年代のフェラ・アニクラポ・クティ Fela Aníkúlápó Kuti を支えた伝説級ドラマー。

ということで、この曲の主役は歌として、準主役がトニー・アレンのドラム。
ことミシェルのベースに関しては、邪魔はしないとばかりに裏方に徹して引っこんでいます。曲の土台を支えるだけで、主張するようなフレーズはまったくなし。ミシェルのベースが目当ての者には、少々さみしい役割でしょうか。

アルバム全体としては、アフロ・ポップとかエスノ色みたいなワードはさほど気にせず聴けるものでしょうか。主役のキャラクターを飛び超えるとか、伴奏という以上に演奏をたっぷり聴かせるような展開は望めず。
このドラマーとミシェルの組み合わせであればもっと、という期待はまた次の機会に持ち越しであります。



2024年10月7日月曜日

Zap Mama “Supermoon”

Toma Taboo

2007年。ザップ・ママはマリー・ドルヌ Marie Daulne のソロ・プロジェクトだそう。
ウィキペディアによると複雑な背景を持った女性のようですが、2000年代以降はニューヨークを拠点に活動中とのこと。

この方の場合、コンゴ(旧ザイール)やピグミーといったワードも紹介されたりするようですが、このアルバムを聴くのにそれは特に気にしなくて良いかも。

ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello は一曲にベースで参加。この曲も、アフロ・ポップとかエスノ色は薄めのファンク寄り。
ミシェルのベースはいつも通りに重心低く、ズビズビと走っております。ではありますが、曲としてはどうも少し大人しく聴こえてしまうような。
“Red Hot + Riot”(2002年)や “Yerba Buena”(2003年)を聴いた後では、比べてしまうのも致し方ないところでしょうか。

ギターはデヴィッド・ギルモア David Gilmore ですが、もちろんロック畑で有名なあの方ではなく、スティーブ・コールマン Steve Coleman のアルバム等に参加したジャズ畑のギタリスト。
マリー・ドルヌの歌が中心とはいえ。演奏との間に距離があるというか浮いているような気も。



2024年9月30日月曜日

Yerba Buena “President Alien”

Follow Me

2003年。アンドレス・レビン Andres Levin 率いるイエルバ・ブエナ(ジェルバ・ブエナ)Yerba Buena のファースト・アルバム。

アンドレス・レビンはベネズエラはカラカスの出身、メンバーもキューバ出身等々で、活動拠点はニューヨークだそう。アフロ・キューバン、それにルンバ、サルサ、クンビア、ソカ、ブーガルー、そんなワードがマルチに飛びかうアルバムであります。

スペシャル・ゲストとして招かれた顔ぶれも、カルリーニョス・ブラウン Carlinhos Brown や、トレス Tres でマーク・リボー Marc Ribot に、ギターのデヴィッド・フュージンスキー David Fiuczynski やロイ・ハーグローヴ Roy Hargrove といった曲者ぞろい。
90年代後半にアート・リンゼイ Arto Lindsay を支えた仕事も評価されているアンドレス・レビンですが、フェラ・アニクラポ・クティへのトリビュート盤 “Red Hot + Riot”(2002年)に続いて、ここでもプロデュース、ミックスや録音に編集を始め、キーボードやギターもプレイと活躍。

ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello も一曲に、ベースおよびボーカルで参加。
アルバム “Red Hot + Riot” でアンドレス・レビン/イエルバ・ブエナと組んだ勢いそのままに、こちらも疾走する一曲。ロン・ブレイク Ron Blake のサックスも気持ち良く。彼はイエルバ・ブエナとしてアルバム全曲に参加。後半に少しだけ聴こえるミシェルの声も効果的。

アルバムとしては、エスニック度も上がって本格的に濃い曲もあるアルバムですが、ミシェルのこの曲は、“Red Hot + Riot” が気に入ったようなファンク好きも満足できる一曲でしょうか。実は同じセッションで録音したといわれても納得しそうなほど。

スペイン語のグループ名イエルバ・ブエナ(ジェルバ・ブエナ)は「良いハーブ」“good herb” と訳されるそう(ウィキペディアより)。ジャケットを見ればなんか思いきり吸いこんでいますが、暗いこと。それより、裏面の写真。ロバの背中にはターンテーブルが。こちらを楽しんでいる女性の図は明るく健康。



2024年9月23日月曜日

Red Hot + Riot

Me’Shell NdegéOcello + Yerba Buena! Featuring Ron Blake
“Gentleman”
Common, Me’Shell NdegéOcello + Djelimady Tounkara
“Tears + Sorrow”

2002年。フェラ・アニクラポ・クティ Fela Anikulapo Kuti へのトリビュート盤。
90年代から今も続く、Red Hot Organization の企画するチャリティ・アルバムのひとつですが、これが今聴いても気持ち良いこと。

アフロ・ポップ、エスノなアルバムということになりますが、ファンク好きにも充分に楽しめるさじ加減。
ディアンジェロ D’Angelo が二曲に参加。彼のアルバム “Voodoo”(2000年)の屋台骨を支えた顔ぶれがそっくりこちらにも、という具合で、その他色々と聴きもの多数であります。

ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello はニ曲に参加。
プロデュースはアンドレス・レビン Andres Levin とミシェルの共同で。ボーカルにベース、キーボードにウーリッツァーもと、ミシェルも聴かせます。

イエルバ・ブエナ(ジェルバ・ブエナ)Yerba Buena! と組んでの “Gentleman” では、ミシェルの地を這うベースが7分近く曲を突進させ、さらにバンドに燃料を注ぎこんで焚きつけていく感じ。
続く、1分30秒ほどの曲 “Tears + Sorrow” で、熱くなったエンジンをクールダウン。こちらは小品ながら、西アフリカのマリ共和国出身というギター弾きのジェリマディ・トゥンカラ Djelimady Tounkara と、ラップでコモン Common が参加。

どちらの曲にも参加したサックスのロン・ブレイク Ron Blake ですが、90年代にはロイ・ハーグローヴ Roy Hargrove の諸作、2000年代にはクリスチャン・マクブライド Christian McBride の諸作、といったアルバムでプレイしているサックス吹き。
この後の2005年の彼自身のアルバム “Sonic Tonic” は、ミシェルがプロデュースをすることに。また、同年のミシェルがまとめたアルバム “The Spirit Music Jamia: Dance Of The Infidel” の方にも一曲に参加していたり。
彼だけでなく、他の曲でもロイ・ハーグローヴ Roy Hargrove やアーチー・シェップ Archie Shepp といったジャズ屋がちらほらと。アフロ・グルーヴといいますか、それに似合う太いホーンを要所で聴かせてくれます。

イエルバ・ブエナ(ジェルバ・ブエナ)を率いるのが、アンドレス・レビン。
彼はこのアルバムの半数以上の曲にも関わっていて、プロデュースやエンジニア等、裏方としても重要な働きをしたと思われます。そしてこの後、イエルバ・ブエナ(ジェルバ・ブエナ)のファースト・アルバムを制作することに。



2024年9月12日木曜日

Bernie Worrell “Wave From the Wooniverse”

What Have They Done To My Funk

2024年。バーニー・ウォーレルの蔵出し音源集。ようやく、という気もしますが。幅広い時期から集められたようで、クレジットには、バーニーの奥さまの名前も見えます。

ブーツィーに関しては一曲のみ、ボーカルのみで。
Bootsy Collins, Michael Moon Reuben, Ouiwey Collins, Buckethead
Featuring として名前が前に出ていますが。
Michael Moon Reuben という方が、ギター、ベース、シンセプログラム、それにプロデュースだそう。これが元々からの演奏なのか、今回の最終仕上げのリミックス・差し替え的な演奏なのかは不明です。

他にもホーン等で、古くからPファンク関連で見かける名前が散見されて。
サックスの Darryl Dixon という方は、バーニーの “Improvisczario” や Baby Elephant “Turn My Teeth Up!”(共に2007年)、“Standards”(2011年)といったアルバムにも参加していました。
また、Science Faxtion(2008年)の Tobe Donohue とかの名前もあり。

いつ頃の何のための録音なのか、お蔵入りしたものか、途中で放り出されたものなのか。クレジットからは判りません。
バーニーのプレイもさほど目立つものではなく。ファンカデリックの未発表曲まで収められているこの音源集の中では、他にもっと聴きどころがあるかというところ。
バーニーとブーツィーの名コンビぶりならば、きっともっと聴きたいものが山ほどあるはず、、、



2024年9月3日火曜日

A Song For Leon: A Tribute To Leon Russell

U.S. Girls with Bootsy Collins
“Superstar”

2023年。レオン・ラッセル Leon Russell へのトリビュート・アルバム。
カントリーやロック畑の顔ぶれが目立つ中で、ブーツィーの参加はちょっと異色か。

数多くさまざまにカバーされている超有名曲をやっているわけですが、1984年にはルーサー・ヴァンドロス Luther Vandross による(とてもシリアスな)カバーもあり。やはり正攻法といいますか、歌唱力を活かしてのカバーが多いところでしょうか。
このアルバムを手に取るような(例えば米国の)方々の幾人がブーツィーを知っているものか、どうなんでしょう。

U.S.ガールズはメーガン・レミー Meghan Remy という女性のソロ・プロジェクトとのこと。インディーズ系に人気があるそう。ちょっと変わった個性の方でしょうか。ちょっと変わった個性というのがもう当たり前ですが。

サウンドの方も少し変わっていて、よく聴くとなにか妙な音が鳴っていますが。
ブーツィーはメーガン・レミーの歌にからんで喋る、いつものボーカル・スタイル。今回はそのからみ方も合いの手というより、茶々を入れるといいますか。
これは邪魔をしている、壊しにかかっている、レオン・ラッセルのファンにはそう聴こえるのでは。スペース・ベースも飛び出してきますが、ノイズとしか思わないでしょう。
それこそルーサーの歌とは真逆な。

クレジットによれば、メーガン・レミーはボーカルのみ、プロデューサー、アレンジャーはブーツィーと Max Turnbull という方(メーガン・レミーの旦那さんみたい)。

Your guitar, it sounds so sweet and clear

あなたのギターは甘く澄んだ音色ね、と歌詞の一節で歌われているのですが、これがブーツィーお気に召さないから、なんて。
ソニック・ユース Sonic Youth による(カーペンターズに捧げた)カバーも印象的でした。こちらもノイズまみれで、ひたすらに憂鬱で。



2024年8月29日木曜日

Bird Up - The Charlie Parker Remix Project

Me’Shell NdegéOcello
“Relaxin’ At Camarillo (August 29)”

2003年。タイトル通りの「チャーリー・パーカー・リミックス・プロジェクト」アルバム。集められた顔ぶれが、なかなか。
ハル・ウィルナー Hal Willner を始め、あのハンサム・ボーイ養成学校 Handsome Boy Modeling School の有名講師、ダン・ジ・オートメイター Dan The Automator 等々、予定調和とか自己満足とはほど遠い方々であります。単純にフロア向けにダンス・ビートに仕上げました的なトラックは一切なし。アルバムの宣伝文句によれば、
Cutting edge remixs and reconstructions

ミシェル・ンデゲオチェロが手がけた一曲はチャーリー・パーカー1947年の “Relaxin’ At Camarillo”
リミックスといっても、元曲のテーマ部分をそのまま持ってきているぐらいで、後は自分たちの考えるスタイルで演奏しています。

ひと言でいえば、Bird meets J.B
チャーリー・パーカー・ミーツ・ジェームス・ブラウン、今どきのジャズ仕様のインストであります。

クレジットでは、プロデュースに構築、つまり、つくったのはミシェル。彼女はベースも。
追加(Additional)されたその他、またプログラミングは、クリス・デイヴ Chris Dave によるもの。
そしてハモンド B-3 オルガンは、レイモンド・アングリー Raymond Angry が。数々のアーティストと関わっていて、The Roots や D’angelo ともやっている方ですが、ちょろちょろとパーラメントのあの曲を差しこんできます。

ミシェルのベースは、通低音のように音数少なくベーシックに鳴って、ずっと引き立て役ですが、徐々に変化して、ほんの少しだけ、わずかなフレーズを聴かせたりして。渋すぎる、カッコ良さ。

録音は Dave Dar とクレジット。この人物、先に挙げたソウライヴ Soulive のリミックス・アルバム “Turn It Out [Remixed]” で、ミシェルが参加した一曲 “Doin’ Something” では、ミックスを担当とクレジットされていた人物のよう。共通の顔ぶれに、録音場所も、同じ Soulive Studios とのことで。ひょっとすると、両者は並行して制作されていたのかも。

といっても、こちらは自由に制作できるのですから、入れ込み具合が違ってくるのも当然のこと。

さて、このリミックス・アルバムと同時に、チャーリー・パーカーの元曲の方を集めたコンピ盤も発売されています。いずれも1945年から48年にかけて録音された11曲。

Bird Up: The Originals

オリジナルのベスト盤としては曲数が少ない、ですが各リミックス曲の想像力の源泉、ソースですから、これは楽しいです。安さにつられて購入した次第ですけども。

チャーリー・パーカー Charlie Parker Jr. の有名な愛称「バード」というのが、彼の演奏が「羽ばたく鳥のように自由で華麗だった」から、そう呼ばれるようになった、と言われています。
実際の真偽は不明とのこと、それでも楽譜から飛び出して、その場かぎりの、その瞬間のひらめきに忠実に、即興で多彩なフレーズを繰り出すジャズのプレイや感覚を見事に言い表わした愛称であります。
ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello の名前と同じ。ウンデゲオチェロ、ウンディジオチェロ、なんと表記すれば良いものか(もうずっと)疑問ですけど。



2024年8月22日木曜日

Soulive “Turn It Out [Remixed]”

Doin’ Something Remix

2003年。米国はニューヨーク出身のソウライヴ。ギター、ドラム、キーボードの三人組みというジャズ・ファンク系のバンドだそう。これは1999年のデビュー・アルバム “Turn It Out” をリミックスした曲が主に集められたアルバム。
ウィキペディアでは次のように表現して、

Each tune was reworked, remixed and replayed

つくり直し、リミックスし、再演奏し、、、ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello はこの新たなトラックに参加。ボーカルおよび、追加(additional)されたベースとウーリッツァー、とクレジットがあり。

シンプルなヒップホップのビートが5分ほど続いて、前半はラッパーたちが。ちょうど半分の2分30秒過ぎからミシェルの声が登場。さらに3分20秒ほどになってベース・リフも乗っかってくる展開。引き立て役ですがウーリッツァーのエレピも少し小さめの音で。

ミシェルの登場するパートがもう少し長くても良いかも。10秒かプラスして、ミシェルのベースが好き勝手に動きまわったりするとか。終わりまぎわにそんなサービスがあると、それで落ち着くといいますか、締めになるような。

リミックスでも何でも(リマスターでもサンプリングでも電子音楽でも打ち込みでもオリジナルでも)出来たものが気にいるかどうかですが。とにかくアルバム一枚として新装開店といいますか(後に)再発売ができるのだから、人気もあったようです。何故そうしたのかは?。



2024年8月15日木曜日

Basement Jaxx “kish kash”

Right Here’s The Spot
feels like home

2003年。ベースメント・ジャックスは電子音楽系のダンス・ユニットと紹介される二人組み。
2002年3月から2003年7月の間に英国でレコーディングされた、と記されているアルバムは、ベースメント・ジャックス本人たちによるプロデュース。これが騒々しい、あわただしい曲が目立つもの。
ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello は二曲に参加。

“Right Here’s The Spot” はミシェルはボーカルのみ。オープニング曲に続いての二曲めで、アルバムの騒々しさを体現するような、例えばアフリカ出身の歌手がテンション高く歌っても似合いそうなノリの良さ。
“feels like home” は一転して、アルバムのエンディング、締めくくりとなるスローな曲。こちらは陰というか。プロデュースにはミシェルの名前もあり。ボーカルに加えてブチブチと不気味なベースも聴かせます。

この二曲はミシェル自身も作曲のクレジットに名を連ねていて、動と静にくっきりと分かれるもの。陽と陰、あるいはそう & うつ、とまるでアルバムが持っている振幅の両端にあるような落差の大きさですが、その点、ベースメント・ジャックスもミシェルに大役を任せたなといいますか。

ミシェルもきっちりそれに応えた形でありますが。
“Right Here’s The Spot” で聴かれるようなエスニックといいますかアフロ・ポップな感じというのは、2000年代に入ってからのミシェルにはますます重要なサウンドですし。
“feels like home” も、ミシェルならではの(幽玄とまではいかないけども)静けさで。
いつも通りに、なにか出し惜しみしたとは思えないコラボであります。それだけに、(欲張りなことに)もしもミシェル単独で仕上げていたら、どうなっていたのかな、という考えが。



2024年8月3日土曜日

Lamb “What Sound”

Sweet

2001年。英国はマンチェスターで結成されたという男女二人組みのラム。いわゆる電子音楽なこのアルバムの一曲に、ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello もベースで参加。

アルバムのスタイルに関しては、Leftfield, Trip Hop, Downtempo 等々と紹介されているのを見かけますが。アルバム全体としては、女性ボーカルの抑えた(詩を大事に歌う)声がまず前にきて。ビートもクールな、文学系かしらんという印象を受けますでしょうか。
ジャケットのデザインは、デジタルな、とんがったサウンドを連想させますが。ゲストに、アート・リンゼイ Arto Lindsay が参加した曲もあったりします。

ミシェルが参加した曲 “Sweet” は、アルバム中に唯一これだけ、ドラムとベースが揃って人力であるという曲。
弦をはたいたりひっかいたりする様子が見えるような、勢いのあるベース・ラインが聴けます。シンセではない、弦の振動が伝わってくるような。ビンビン響く弦を、もっと荒々しい、ノイズ感たっぷりの、ダーティというぐらいの音質でミックスしても良いのに、などと思いつつ。

ところで、レフトフィールド leftfield とは何でしょう? 主流じゃない、ちょっと変わったもの、だそう。支流、傍系でありますか。このアルバムがそうなのか、言葉も知らなかったくらいだから、判りませんけど。



2024年7月11日木曜日

Alanis Morissette “Under Rug Swept”

So Unsexy
You Owe Me Nothing In Return

2002年。アラニス・モリセット、初のセルフ・プロデュース作というロックなアルバムの2曲に、ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello がベースで参加。
どちらの曲でも、音数の少ない、シンプルですが効果的なベース・ラインを聴かせてくれます。ミックスも聴きやすいし。

シングルにもなった “So Unsexy” など、ラジオから流れてきたら気持ち良さそう。アラニスという方が、たくさんのヒット曲を持っているというのも納得です。
こういった曲でも、ドラムのゲイリー・ノヴァク Gary Novak と共に、的確に、オーダーに応じた(のだろう)演奏でバックアップしております。
このドラマーも、アラニスとは数枚のアルバムで組んでいるようですが、主な仕事場はジャズ畑のよう。

アラニスを含めて、皆がイメージをうまく形にできる職人たちなのでしょう。ヒットさせるにしても、1位は大変だけど15位ぐらいで良いかみたいな、目標設定が明確な感じ。ミシェルもゲストで呼ばれた場合など、時にはそうしてみせますでしょうか。

アラニスのクレジットには、プロデューサーの他に、クリエイティブ・ディレクター Creative Director とも記されています。



2024年7月7日日曜日

Gov’t Mule “The Deep End Volume 2”

Hammer And Nails

2002年。ボーカル&ギター担当とドラム担当の二人組、というガヴァメント・ミュール。曲毎に異なるベース・プレイヤーをゲストに迎えたというアルバムの Vol.2 に、ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello が。

Vol.1 の方にはブーツィーとバーニーが参加した曲あり。
元はバラ売りだった1と2を合わせてパッケージしたそのジャケット裏面では、ベーシストの名前が24人、それにキーボード等のゲスト19人がずらり並んで掲載。

ゲストは大勢とはいえ、どの曲にしても、まず主役ありきという基本ポジションは固定のよう。昔ながらのロックといいますか、力んで歌うボーカルとギターが変わりばえもせず。どの曲も同じ、、、ベースを中心に置いた演奏やアレンジは、、、ボーカル&ギターが引っこんでいる方が、、、

ミシェルの参加した曲はゆるいレゲエ風味の味つけで、8分ほどもある長さ。ベースとして曲の土台を支えるプレイを続けつつ、どこで音数をぶち込もうかとうかがっている様子。
ギターとキーボード(これがジョン・メデスキ John Medeski によるもの)が、やかましく上を塞いでどきませんし。ジャズのようにはスマートにいかない、もっさり具合が好みの分かれ目。

なお、Vol.1 と Vol.2 を合わせた上にオマケのディスクを加えたCD三枚組のパッケージでは、全体で5曲も参加しているのが、バーニー・ウォーレル Bernie Worrell 。結局はバーニーが一番賢い、ということに。



2024年7月3日水曜日

Citizen Cope “Citizen Cope”

Contact

2002年。シティズン・コープのアルバムの一曲に、ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello が参加。

曲毎に詳しくクレジットが記載されており、この曲はボブ・パワー Bob Power によるプロデュース、ミックス。加えて彼は、ドラム・プログラムやらギターやら他にもあれこれと細々サポートしているよう。ミシェルと並んでベースにまで名前があるし。
シンプルな曲の割には、けっこうメンバーが多いのねというクレジットです。

曲の間、細かな音が始終鳴っていて、なんとかシェイクさせようとしている感じ。ミシェルのベース・ラインはなめらかにドライブしながら、弾きすぎもしない、といったところ。ボブ・パワーのベースというのは(記載するほどは)よく判らず。



2024年6月29日土曜日

Joe Henry “Scar”

2001年。ジョー・ヘンリーのアルバム、プロデュースは彼とクレイグ・ストリート Craig Street によるもの。

Dedicated to... The vision of Richard Pryor, The invention of Ornette Coleman, And the memory of Neilo Anthony Ciccone (1925-1999).

リチャード・プライヤーのビジョン、 オーネット・コールマンの発明、 そしてネイロ・アンソニー・チコーネ(1925-1999)の思い出に、捧げる
と記載されたこのアルバムに、ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello がベースで参加。ミシェルのアルバム “Bitter”(1999年)をクレイグ・ストリートがプロデュース、ジョー・ヘンリーもボーカルで参加したつながりからでしょうか。

オルタナ・カントリーのイメージもあるジョー・ヘンリーが、ここではジャズやソウル・ミュージックに接近した、といいますから(ウィキペディアより)、ミシェルにはうってつけの役割でしょうか。

アルバムの中でもノリの良い “Rough And Tumble” やインストの “Nico Lost One Small Buddha” などは、ミシェルのベースでありましょうか。
基本的にバックは歌の邪魔をしないよう抑制された演奏ですし、ミシェルのプレイが他の曲から浮いてしまわないよう(もう一人のベース・プレイヤーもいますし)出すぎない塩梅ではあります。

ライナーノートには、リチャード・プライヤーを始めとして、“Further Listening”(もっと深く聴くなら)として、このアルバムにゲスト参加したオーネット・コールマン Ornette Coleman やミシェルのアルバム等が紹介されています。わざわざ1ページを割いて奨めているのが、プロデューサーとしても活躍するジョー・ヘンリーの感覚でしょうか。
こっちのアルバムの中で、バランスとか構わずミシェルにプレイさせるとか、ジャズしちゃえば手っ取り早いのに、、、とか、、、。




2024年6月22日土曜日

Just Because I’m A Woman - Songs Of Dolly Parton

Me’Shell NdegéOcello
“Two Doors Down”

2003年。ドリー・パートン Dolly Rebecca Parton へのトリビュートであるアルバム。ドリーの曲はそもそも誰彼となくカバーされて、多数ヒットもしていました。
映画の主題歌になって特大ヒットした “I Will Always Love You” とか、Zapp まで濃厚なカバーを披露していましたが。カントリー畑とソウル畑は隣りあわせの結びつき、という良い例でもあります。
こちらのアルバムは、そのドリー本人まで参加で一曲歌っていますから、まさに公認でしょうか。

ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello が、数あるドリーの曲の中でもこれをカバーすることになったのは、元曲の方に2バージョンがあって、アルバム版と、加えてディスコティックなシングル盤向けバージョンがあるから、でしょうか。単純にミシェルにぴったり、なんて理由かもしれません。
なんにしても、ミシェルはこの歌を自分らしい色に染めあげていますけど。

元曲にある、いつまでも閉じこもっていないで(ふたつドアを挟んだ向こうの部屋で開かれている)パーティに、思いきって顔を出しにいこう、という前向きさ、健康さはまるで失せています。
同じ曲、歌詞でも、立場の違う者が歌っているという感じ。

同じ2003年に発表されたミシェルのアルバム “Comfort Woman” は、ミシェルと Allen Dariest Cato のプロデュース、それにドラムのクリス・デイヴ Chris Dave を交えた三人が核となって作られたものでした。
ドリーをカバーしたこちらの一曲では、クリス・デイヴとミシェルの二人のみ。ドラム以外の、ギター、シンセ、プログラム、それにボーカルをミシェルが担当している形となっています。
この顔ぶれでの流れを引き継いで、今回もまたソリッドな。歌のバックでざくざくと鳴るミシェルのギターも印象的、ロックしてる感じ。

さてミシェルの色といいますが、説明するとなると難しい。



2024年6月8日土曜日

Disappearing Acts

Black Beautiful & Independent (Remember)

2000年。米国のテレビ放映向け映画、日本語版は「フェイス・イン・ラブ」の邦題でDVDとビデオ化もされた、というドラマのサントラ盤。
ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello の、アルバムには未収録の一曲がここに。

ミシェルの作、プロデュースはミシェルと Allen Dariest Cato 。
二人としては、先に映画「ベストマン」のサントラ盤 “The Best Man: Music From The Motion Picture”(1999年)に収録された、ミシェルの “Untitled” に続いての仕事です。曲のタイトルは “Remember” の場合もあり。

シンプルなビートに、起伏の少ないメロディ。ほのかな甘さと、セクシャリティ。じわじわと染みこんでくる良い曲であります。
抑えに抑えた音ですが、それでもいける、という自信もうかがえるような。

ライブでも主にギターを担当することが多い Allen Dariest Cato は、ミシェルとはバンド仲間で身内のようなものでしょうか。この二人が組むと、独特のソリッドな音になるようです。かなり、貢献の男。

この後、二人は “Cookie: The Anthropological Mixtape”(2002年)、続いて “Comfort Woman”(2003年)と二枚のアルバムをプロデュース。外部からのプロデューサーの力を借りることなく、自分たちでまとめ上げることに。
ファンカデリック Fankadelic の曲のカバーを含んだり、ラッパーをゲストに招いたり、あるいはレゲエしながら、自分たちにしか出せない音で、ひとつの節目になるような作品にまとめ上げます。




2024年5月25日土曜日

The Hurricane (Music from and Inspired by the Motion Picture)

Me’Shell NdegéOcello
“Isolation”

2000年。映画「ザ・ハリケーン」のサントラ盤。レイ・チャールズ、ボブ・ディランら超大物からそれなりの名前が並ぶコンピ盤。
ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello が提供した一曲は、ミシェルの作、プロデュースはミシェルとデヴィッド・ギャムソン David Gamson(ミックスも)。クレジットの記載はこれだけで、詳細はわからず。

演奏は二人だけなのでしょうか。
タイトルの通りに、孤立、隔絶された状態について、ミシェルがつぶやいていきます。シンプルなビートに、不穏なムード、誰かをなじるというよりは、現状への不満をタラタラとぼやいているような。

隔絶といえば、例えば男女の性差や、宗教観や国籍の違い、あるいは牢屋の中と外とか、状況もさまざまでしょうけれど。当事者として、分け隔てられた側から歌われる歌詞は、簡単には翻訳できず。意訳というか解釈もかなり必要な。
ミシェルの曲の中では、音楽よりも歌詞、言葉の方に寄った一曲でしょうか。とはいえ、まるでブーツィーか、というブチブチのベースも聴かせていますけど。
なにかのインタビューで、デヴィッド・ギャムソンはブーツィーやファンクが大好きなのよと言っておりましたっけ。

歌の後ろでずっとハーモニカが聴こえますが、ミシェルとも何度か共演しているグレゴア・マレ Grégoire Maret かもしれません。
ミシェル自身のアルバムには未収録。これ以降に、デヴィッド・ギャムソンとの仕事はなかったかと。



2024年5月18日土曜日

Scritti Politti “Anomie & Bonhomie”

Die Alone
The World You Understand (Is Over + Over + Over)

1999年。スクリッティ・ポリッティはグリーン・ガートサイド Green Gartside を中心とした英国のロック・グループ。80年代に、彼らと密接に関わっていたデヴィッド・ギャムソン David Gamson が、このアルバムの数曲にプロデュースやミックスで参加。その内の2曲に、ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello もベースとボーカルで参加。

デヴィッド・ギャムソンは、ミシェルのファースト・アルバム “Plantation Lullabies”(1994年)とセカンド・アルバム “Peace Beyond Passion”(1996年)にプロデュース等で関わった人物。
アルバムの他にも、ミシェルとはサントラや企画もの等のコンピ盤のためや、ゲストに招かれたりといった単発の仕事を数多くこなしてきた人物。
両者とも多方面の幅広いジャンルに対応できますし。お互いに招いたり招かれたりの協力関係だったかと思われますが。

このアルバムには、ミックスでボブ・パワー Bob Power や、ウェンディ&リサのウェンディ・メルヴォイン Wendy Melvoin 、それに Allen Dariest Cato といった方々も参加。ミシェルの仕事でもその後も見かける顔ぶれです。
2曲ともにミシェルのベースが走って、ボーカルも少々。特に “Die Alone” の冒頭1分ちょっとはミシェルも引き立って、このパートがずっと続いても良いのですが。

この年のミシェルの三作めのアルバム “Bitter” のプロデュースはクレイグ・ストリート Craig Street に。



2024年5月3日金曜日

Indigo Girls “Come On Now Social”

We Are Together
Compromise

1999年。インディゴ・ガールズ Indigo Girls はジョージア州アトランタ出身の女性デュオ。小学校で出会って以来のつきあいという二人だそうですが、多くにフォーク・ロックなどと紹介されております。

ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello は2曲にベースで参加。さわやかめの曲に激しめの曲と、デュオそれぞれの持ち味が活かされたという2曲ですが。
ミシェルに関しては、さほどの聴きどころは認められないような。

ベースのプレイはズビズビといつも通りの手抜きなし。ですが両曲ともに、これといって印象に残らず。使い方でしょうか。たまたまやっていた曲に参加してもらった、なんてこともあるでしょうから。

ところでライナーノーツの最後のページには、“Resources” として九つほど活動団体の名前とアドレス、活動内容の紹介が記載されています。いずれも弱者や少数派を支援するような団体等のようで、例えば筆頭に挙げられているのは、
Women’s Action for New Directions (WAND)

(楽曲よりも)こんなところでミシェルとつながっているのかも、なんて思ったりもして。



2024年4月27日土曜日

Holly Palmer “Holly Palmer”

Come Lie With Me
Lickerish Man

1996年。ホリー・パーマーは米国の女性シンガー。フォーキーながら案外ダンサブル、穏やかめのロック、といったところのデビュー作。2曲にミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello が参加。

デビュー作という割には、ジャケットが地味なイラスト、ポートレートの写真ではないの的な、カントリーのような、70年代のような。
ホリー・パーマーはカリフォルニアはロサンゼルスを拠点に活動、生まれも海に面した街サンタモニカだそう。
ミシェルといえば、どちらかといえば東海岸なイメージでしょうか。陽光きらめく西海岸の女性ボーカルとの組み合わせでありますが。あくまでイメージですが、米国の東と西というのは、ジャズでもヒップホップでも匂いや肌ざわりの違いがつきものでした。

強烈なキャラとか声高になにか主張するといったタイプではないホリー・パーマーですから、この2曲もさらりと聴かせてくれる良い曲。
“Come Lie With Me” の出だしで、歌の裏にベースが入ってくる瞬間などはミシェルの細やかなプレイが聴けて、“Lickerish Man” では童謡のようなメロディをプリンスを思わせるようなファンク仕立てに。
なおこの2曲にはマーク・プラティ Mark Plati も参加、90年代にボウイと多くの仕事を行った彼とのつながりで、後にボウイのアルバム “hours...” と、そのツアー(1999年)にホリーが参加することになったのかも。

ミシェルにとってはマドンナだろうとホリーだろうと(呼ばれさえすれば)関係ないのでしょうけれど、彼女が後に三作めのアルバム “Bitter”(1999年)のプロデュースを、クレイグ・ストリート Craig Street に頼むことになるのも、案外こんなところからつながっていったのかもしれません。



2024年4月20日土曜日

Madonna “Bedtime Stories”

I’d Rather Be Your Lover

1994年。ヒップホップが全盛という時期のマドンナのアルバムに、ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello がベースのゲスト・プレイヤーとして、一曲に参加。

contains a sample of “It’s Your Thing” performed by Lou Donaldson, used courtesy of Blue Note Records

ルー・ドナルドソン Lou Donaldson の “It’s Your Thing” をサンプリングしているよとのこと。元々はアイズレー・ブラザーズ The Isley Brothers 1969年の代表曲ですが、これを同じ年にジャズ屋のルーがカバーした、インスト・バージョンであります。
えらくモダンなセンスといえましょうか。チャールズ・アーランド Charles Earland のオルガンにもしびれます。
これが収録されているルー・ドナルドソンのアルバム “Hot Dog” 自体が、ヒップホップ好きにはたまらない定番ネタの宝物庫で。

“It’s Your Thing” をストレートに使ったこのトラックに、ミシェルもカッコ良いベース・ラインを乗っけています。

Special guest on bass and in your face: Me’Shell NdegéOcello

クレジット上で、ベースはゲストとしてミシェル、どんなもんだ!みたいな紹介をしておりますが、それも納得のプレイですが。
どうだといっているくらいなのだから、これで終わらせずに、もう少しミシェルを目立たせても良いでしょ、とも。もっとベースを前に出したインスト版、あるいはもっと自由にプレイさせたジャズ版、そんなバージョンがあれば理想ですが。このトラックがすべて、みたいな曲ですし。

それにしても主役のボーカル、無表情であります。



2024年4月7日日曜日

John Mellencamp / Me’Shell NdegéOcello “Wild Night”

1994年。ジョン・メレンキャンプ John Mellencamp とミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello 連名のシングル。

ジョン・メレンキャンプはアメリカ合衆国はインディアナ州シーモア出身なのだとか。
ほぼ白人ばかりの州とか、ラストベルトとか、草の根の置いてけぼりされた人たち、共和党にトランプ氏とか、そっち系のキイワードにも事欠かないかと思いますが。

このジャケットのモノクロ・ポートレートにも、驚かされた方が多いような気がしますけれど。

曲は、ヴァン・モリソン Van Morrison が1971年に発表したロックンロール・ナンバーのカバー。
Wild night is calling 荒っぽい夜が呼んでるぜ、という書を捨てよ、町へ出よう的な歌詞。イントロのミシェルによるベース・ラインからしてワクワクのノリノリの。ちょっとモータウンっぽいアッパーな誘われかたで。

ミシェルにしてみればファースト・アルバムを出した年で、すでに様々な人と共演していて、すでに相手を選ばないわけでありますが。それでもこの仕事は小さくはなかったのでは。
(珍しくも)かなり弾けたボーカルも聴けて楽しいですし、それだけでも特別です。

John Mellencamp “Dance Naked”


Wild Night
The Big Jack

1994年。メレンキャンプ氏の同年のアルバムには、もう一曲ミシェルが参加しています。 こちらも一直線なロックンロール・ナンバー。ミシェルは歌わずにノリの良いベースに専念。歌詞に、ビジネススーツで固めた日本人、なんて一節があります。

こちらのアルバムのジャケットも、インパクト大。ミシェルとのポートレートといい、メレンキャンプ氏としては何かチャレンジだったかと思われます。
そしてこの後も、接点もなさそうな、縁遠いような界隈の方々とも広く交流していくミシェルであります。



2024年3月30日土曜日

Marcus Miller “Tales”

Rush Over

1995年。マーカス・ミラーのアルバム、その内の一曲にミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello が参加。
マーカスとミシェルの共作という一曲ですが、彼女はボーカル、シンセ・ソロとクレジットあり。ミシェルらしい、暗いながら美しい曲、といいたいところですが、どうもそこまでは。ひと味足りない按配、でしょうか。

有名ベーシストのマーカスですが、いわゆるフュージョンな音、ベースが主役のお披露目会というアルバムであります。
どの曲にしても、とにかくベースを聴かせたくてしょうがない、というご様子。ミックスにしても、そこまで、というほどベースの音がでかいし。押しの強さは充分、まるでヒップホップの親分ラッパー並み。

これならミシェルの繊細な歌や語りよりも、、、(以下略)。惜しいかな、聴かせたいばかりで、踊らせたいわけではなく。



2024年3月16日土曜日

Eric Benét “A Day In The Life”

Ghetto Girl

1999年。エリック・ベネイのセカンド・アルバム。プロデューサーやプレイヤー、ボーカル等々のゲストが色々と招かれていますが、その内の一曲にミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello もベース、ボーカルで参加。

ミシェルのベースに関しては、この曲では主張することはなく。シンセ・ベースのような音をボンボンボンと鳴らしていますが、それ以上の進展はなく。

歌ものアルバムなのだから当然なんでしょうけれど、歌が主役という主従関係がかっちりと固定されて揺るぎませんので、もういっそ無駄な音は出さない方が良し、と徹したのか、あるいはカットされたりしたのか。
ミシェルの声も少し登場しますが、さほど活かされているとは。

曲のタイトルや歌詞にあるゲットーの彼女、とそのように呼びかけられて、これはピンとくるのでしょうか。ほめ言葉なのでしょうか。
リアルな彼女が必要なんだと訴えかけますが、それもたっぷりの感情をこめて揺るぎなく歌われているだけに、どうなんでしょうか。



2024年3月9日土曜日

Lynden David Hall “Medicine 4 My Pain”

Sexy Cinderella

1997年。ロンドン生まれのリンデン・デイヴィッド・ホール、UK発のデビュー・アルバム。本人のプロデュースですが、数曲にボブ・パワー Bob Power もプロデュース、ミックスで参加。そのつながりか、ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello がこのシングル盤にもなった曲でベースをプレイ。

この曲、ディアンジェロ D’Angelo のあの曲 “Brown Sugar” を連想させます(と言いきって構わないでしょう)、どちらもボブ・パワーがらみということでは、その1995年のディアンジェロのデビュー・アルバムに、もしやミシェルが参加していたかもという可能性が(少しは)あったのか、なかったのか、と想像してしまうのですが。

ディアンジェロの “Brown Sugar” を含むアルバムを今聴きますと、ジャズの部分が隠し味という以上に強く感じられるような。その辺りは、こちらのリンデンの曲には匂わないような。
リンデン・デイヴィッド・ホールはディアンジェロに比べれば薄口の旨味(と言いきって構わないでしょう)、それだけに、日本ではまた独自の人気を集めたかもしれませんけれど。

ミシェルのベースに関しては、この曲では主張することはなく。文字通りにベーシックな音(だけ)で縁の下を支えていますが、それ以上、そこから出てくることもなく。
 (惜しいことに)もしやディアンジェロのバックを彼女が務めていたらどんな音に、という模擬にでもなっていたら、という淡い期待にはまったく。

セクシーなシンデレラという表現ですが、これは、UKではピンとくるのでしょうか。ほめ言葉なのでしょうか。
もしかするとブラックのシンデレラということを伝えたかったのかもしれませんが、この曲ではそんなことを歌っていることはなく、ただ逃げないでという歌詞だけのようです。



2024年3月2日土曜日

Inner City Blues: The Music Of Marvin Gaye

Nona Gaye
“Inner City Blues (Make Me Wanna Holler)”

1995年。1984年にマーヴィン・ゲイ Marvin Gaye が亡くなってから10年あまり、モータウンからリリースされた(邦題もそのままの)マーヴィン・ゲイ・トリビュート。ロック、ポップス方面から参加の顔ぶれも半分ほどというコンピ盤。マーヴィンのファンやR&B好きに絞らない幅広い層向け、というのもモータウンらしいでしょうか。
オープニングを飾る曲を歌うのがノーナ・ゲイ Nona Gaye です。
父親がマーヴィン・ゲイ、祖父はジャズ・ミュージシャンのスリム・ゲイラードだというから、これはおそろしい限り。まさに叫び出しそう Make me want to holler! です。

1971年に発表されたマーヴィンのこの代表曲、2024年の今年に聴いても突きつけられるような歌詞を持っていますが、こちらのカバーは。
プロデュース、ベースはミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello によるもの。
そして副プロデュース、ギターのウェンディ・メルヴォイン Wendy Melvoin と、キーボードのリサ・コールマン Lisa Coleman という、つまりウェンディ&リサも参加。
また、ハイハットとして Terry Linn Carrington(Terri Lyne Carrington)やパーカッション等にジャズ屋の名前が。顔ぶれを見ても楽しそうな、単なるゲスト・プレイヤーの集まりではないような。ミックスはボブ・パワー Bob Power です。

マーヴィン・ゲイに関しては、これまでも歌詞に名前が出てきたり、ベース・ラインがとある曲そっくりに似せた曲があったりと、ミシェルも思い入れが強いのではと思われますが。
トリビュートに参加できて、この曲のカバーを仕切ったことは喜ばしい限り。ではありますが、これよりさらに、これ以上に、となると。
もしもミシェル自身がボーカルをやって、もっとメンバー各自が好きにプレイしていたら、などと想像してしまうことも確かで。やっぱり、そちらを聴いてみたい気持ちに。

曲がエンディングを迎える最後の引き際になって、静かにミシェルの声が聴こえます。Listen, Listen to me と歌います。Yes, もちろん貴女を聴いています。





2024年2月17日土曜日

Ain’t Nuthin’ But A She Thing

Vanessa Williams
“Open Your Eyes You Can Fly”

1995年。ヴァネッサ・ウィリアムス Vanessa Williams は1983年、アフリカ系アメリカ人初のミス・アメリカに選ばれた(ウィキペディアより)という快挙を成し遂げた後、ポップス畑で活躍する歌手(ディズニー映画の主題歌まで)、出演作多数の女優(日本のCMにまで登場)と活躍、本国では超がつくほどの有名人でしょうか。

そのような方が歌うバックで、ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello がベースをプレイ。
曲そのものは明快です。それまで低いところを悶々とウロウロしているような風情だったのが、サビに入った途端に、視界がぱっと開けて、大空に向けて舞い上がるようなメロディに。明るく歌われているのがタイトルのままの歌詞 “Open Your Eyes You Can Fly” 、ポップです。わかりやすい展開、さわやかなボーカルです。

アルバムは、(ジャケットを見るとまるでカントリー系みたいな絵柄ですが)幅広くから女性歌手ばかりを集めたコンピ盤。女性の権利のためのチャリティー作品だそうで、日本版には日本人女性の曲も収録されているようです。各曲がこのための新曲だったのかは不明ですが。
曲の冒頭にはミシェルじゃないかと思われる声で、チャンスをつかむことを怖れないでと聴こえます。アルバムの趣旨を知った上での参加なのでしょうか。彼女のファースト・アルバムが発表されたのが前年(1994年)のことでした。

(ミシェルのファンとはいいませんが)ファンク好きであれば、肝心かなめの、このポップで前向きなサビがなくても、かまわないのですけれど。悶々とウロウロしたまま、ミシェルのベースがブチブチ、べベンと鳴っていてくれれば、その方が気持ち良いわけです。
このサビ、この手の似たような曲は、応援ソングといいますか、日本でも通じるというのが不思議。



2024年2月11日日曜日

Guru - Jazzmatazz Volume II (The New Reality)

For You

1995年。ジャズ マ タズは、ギャング・スター Gang Starr のグールー Guru がソロ活動で当てたシリーズ、その第二作め。
ジャズ屋を始めとしてレゲエ方面からも等、様々なゲストが広く呼ばれています。
グールーの相棒であるDJプレミア DJ Premier も参加していて、シングル盤にもなったその曲にはチャカ・カーン Chaka Khan とブランフォード・マルサリス Branford Marsalis も参加、という具合。

ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello がベースとボーカルで参加したこの曲には、ケニー・ギャレット Kenny Garrett のサックスが。
ミシェルの場合、ヒップホップとジャズという似たようなコンセプトを持ったコンピ盤 “Stolen Moments: Red Hot + Cool”(1994年)に、すでに参加済みでした。あちらでは自分が取り仕切った曲が自分の名義で収録されていましたが、こちらはあくまでもゲスト・プレイヤー。

全曲のプロデュース、アレンジ、ミックスを担当しているのはグールー。ですが、正直、興味は主役よりもインスト・パートの方に。
ミシェルのベースは、ひたすら重心低く突き進んで、まるで The JB’s のブーツィーを思わせるようなプレイを聴かせます。サックスも合わせて辛抱強くフレーズを重ねて。
残念ながら、ここから自由に演奏するか、いよいよ展開するかというところで、エンディングに。

ジャズに突入していく手前で止まるわけですが、いっそ主役のラップよりも、ミシェルに歌わせるとか好き勝手にブツブツつぶやいてもらうとか、その方が(今となってはなおさら)もっと面白かろうにとも。
それこそミシェルがらみでお気に入りの曲(とかオリジナル・アルバムには未収録の曲)を集めたベスト盤を自作するなら、まず第一集は主に彼女の90年代を代表するような仕事から選んだ曲目になるでしょうが、これはそこに食いこむほどではないか。

アルバム・タイトル Jazzmatazz も気になるところ、razz ma tazz というスラングがあって、そのまま jazz を引っ掛けたよう。元々、razzle-dazzle とか、ジャズ畑ではバカ騒ぎすることをそのように呼びならわしていたらしく。razz でからかうとか、逆にうるさがられるとか。他にも、pizzazz とか、Danceable Jazz を略して duzz とか。そうなると、jazz という名称の語源も、、、そもそも口語、、、

それと、ブルーノートを意識したジャケットだそうですが、米国と欧州でウラオモテの写真を入れ替えて印象を変えています。諸肌脱いだラッパー、それに昔日のニューヨークはハーレムのブラックマン、というイメージ2種ですが、まあどっちにしても。



2024年2月3日土曜日

How Stella Got Her Groove Back Soundtrack: Music From The Motion Picture

Me’Shell NdegéOcello
“Let Me Have You”

1998年。映画は日本未公開ながら、ビデオスルー(DVDスルー)ということで邦題は「ステラが恋に落ちて」。サントラ盤の方は日本版ありで、ジャム&ルイス Jimmy Jam & Terry Lewis による全面プロデュース、英米のヒットチャートに登場しそうな方々(のたぶん新曲ばかり)が並ぶコンピ盤です。

映画の舞台がジャマイカだからレゲエ寄りの人選が多いのも少し意外でしょうか。R&B寄りのレゲエという点では、マキシ・プリーストなどはヒットしそうな好曲ですが。
そんなにぎやかな顔ぶれの中に、ジャム&ルイスとミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello の組み合わせ。地味です。

結論からいえば、ミシェルのオリジナル・アルバムには未収録の曲ですが、そちらに収まっていても遜色ないスローナンバーです。
ジャム&ルイスは出しゃばらずにアシストしたという感じ。ヒットとは無縁の仕事ではありますが。
彼らが80年代に手がけたS.O.S.バンドの名バラード群なんかもありますし、ジャム&ルイスがプロデュースしたヒット狙いのミシェル、という曲ももっと他に聴いてみたいような。

この曲では副プロデュース、作者としてミシェルの名前がクレジットされていますが、それ以外の記載はなし。シンセ一台があれば事足りそうなシンプルなバックですから、ミシェル一人でコンポーズしたのかもしれません。流麗なストリングスも入ってくるのではありますが。
あなたを待っている、ここから連れ出して、という待ち人来らずな歌詞ですが、この曲タイトル “Let Me Have You” を直訳すると、わたしを離さないで、でしょうか。
ミシェルとしては、かってプリンスとも縁のあったジャム&ルイスのことをどう思ったのでしょうか。

もしもミシェルがらみでお気に入りの曲(とかオリジナル・アルバムには未収録の曲)を集めたベスト盤を自作するなら、まず第一集としては、主に彼女の90年代の仕事から選んだものになるかと。(と勝手に想定すると)この曲は、そのCDのラストに配置、第一集のエンディングを締めくくる曲として良いかも。
ミシェル氏、守備範囲は広がる一方で、節操なし。頼もしくも楽しい限り。



2024年1月28日日曜日

Rahzel “Make The Music 2000”

Steal My Soul

1999年。ラゼール Rahzel はその筋では高名な、ヒューマンビートボックスの演奏者。90年代の後半には、ザ・ルーツ The Roots のメンバーとして活躍。このファースト・ソロ作の裏ジャケットにも、しっかりとザ・ルーツものと証明する “okay player.” のマークが。
ヒップホップ畑は特殊技能度の高い方が多い業界かと思われますが、中でもビートボクサーというのは相当に難易度の高い部類でしょうか。いつでもどこでもの、ガチのエンタメ。

アルバムは参加ゲストも多彩で。ライナーには曲毎に細かくクレジットが記載、それによるとこの曲は、
プロデュース、コンポーズ、アレンジはボブ・パワー Bob Power とラゼール。
ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello はボーカルで、またブランフォード・マルサリス Branford Marsalis もサックスで参加。
そしてラゼールは様々な役割を担当していると。Vocal Horns, Vocal Bass, Vocal Rohdes, Vocal Wawa とのこと(よく分からないものも)。

さらに、次のような英文が↓

This track contains no instruments, but Branford Marsalis on saxophone this is why they call Rahzel “The Bobby McFerrin of Hip-Hop”. incrediblel!!!

つまり、ブランフォードのサックス以外は、すべてラゼールがやっていると。ボビー・マクファーリンの名前も引き合いに出されていますが、ともかくすべてボーカルによる演奏だよ、というトラック。
incrediblel!!! 信じられない!とまでありますが、確かに言われなければ、これドラムやシンセだと普通に聴いてしまう音です。
さらにさらに、次のような文章も↓

I love it when Rahzel and Branford trade Riff for Riff, I think rahzel put the heat on Branford, what do you think???

ラゼールのボーカルとブランフォードのサックスがリフをやり取り、ということで。これもボーカルなのかとサックスやら楽器やら(と思って聴いていた)音にじっくり細かく聴き入ってしまいます。
何度もリピートして、ボーカルなのか楽器なのか判別しても、実際もう意味ないか。

ジャケットのデザインを見ると、楽器を持ち運ぶようなクッションの中に、自分(の顔)を収めているラゼール氏です。「自分自身が楽器」というアイデア、デザインや印刷にも、この頃はお金かかっています。
アルバムのタイトルですが、ビートボクサーであるラゼールにとっては、“Play The Music” でも、まして“Sing A Song” でもなく、やはり “Make The Music” ということなのでしょうね。80年代ヒップホップのスーパー・クラシック、Biz Markie “Make The Music With Your Mouth, Biz” のリメイクもやっています。

なによりもこの曲、良い曲です。派手すぎず、じわじわと染み出すカッコ良さ。曲の終盤には、遠いご先祖であるドゥーワップの歌を匂わしているようなベース・ラインも(はっきりボーカルと分かるように)聴かれます。



2024年1月6日土曜日

Lilith Fair (A Celebration Of Women In Music) Volume 3

Me’Shell NdegéOcello
“Soul Record”

1999年。リリス・フェアという音楽フェスから、出演者のライブを収録したコンピ盤。ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello も1曲が収録。
これが、ファースト・アルバム “Plantation Lullabies”(1994年)に収録された “I’m Diggin’ You (Like an Old Soul Record)” のライブ版となります。

ミシェルがこのフェスに参加したのは(Wikipedia によると)98年、99年らしいですが。
CDにはバンド・メンバーのクレジットはなし、ちなみに同じこの曲の97年だという動画を見てみると、ジーン・レイク Oliver Gene Lake のドラム、Allen Dariest Cato のギターと紹介していて、おそらくこの二人はこちらにも。

曲タイトルにある “Dig” はカッコ良いとか気に入ってるとか、掘る探すみたいな意味、“Old Soul Record” のようなとありますが、ライブ版では、御大ジェームス・ブラウン必殺の曲名も連呼したりと、アルバム版に比べてより強力にブラックネスへの共感を表明するアレンジに(どの曲名かはライブによって色々のようですが)。ただ、やはり(今はない)ソウルを探してということなのかも。
ここに収録されたバージョンは(編集もされているのか)短めですが、動画では後半の演奏や煽り部分がもっと長かったりも。

ミシェルのライブ音源ですが、まとまった形でのリリースは今だになし。
90年代のダンサブルな音源も良いのですが、新作アルバムという形でも、ライブ盤を出していただいて良いのでは、と思うのですが。
ミシェルの歌とベースに、ピアノだけといったシンプルな組み合わせとか、ジャズでよくありますでしょ。あるいはバンドによる思いきりファンキーな、JB御大の踊れるカバー集とか。ミシェル本人は興味ないか。