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2022年2月5日土曜日

1st One 2 The Egg Wins

1988年。アルバム “What’s Bootsy Doin’?” から、米国と日本のみでシングル化。
米国版は12インチのアナログ盤で、日本では8cm CDシングルという形でリリース。共通した4バージョンを収録ながら、日本版に関しては潔ぎよくアルバム・バージョンは未収録。

1st One 2 The Egg Wins (Screwin’ Up)  5:43
Conceptus  5:16
1st One 2 The Egg Wins (Street Legal)  4:00
1st One 2 The Egg Wins (Street Legal Instrumental)   5:35

どれもアルバム・バージョン以上に派手で、聴きどころも満載。切り込んでくるスペース・ベース、ギターもうなり上げます。
もしもアルバム “What’s Bootsy Doin’?” を新規リマスターするのであれば、ぜひオマケとして収録を。もう一方のシングル盤 “Party On Plastic” と合わせて、これらはアルバムをさらに強力にブーストしてくれるはずです。
CDとしては日本版のみですし、このまま埋もれたままなのも勿体ない。



2021年7月16日金曜日

Arthur Russell “The Sleeping Bag Sessions”

2009年。ニューヨークのインディ・レーベル、The Sleeping Bag Records のコンピ盤。80年代独特の、エレクトロでディスコな、好きな人には直撃!という音が詰まっています。とんがってる、といいますか。これにブーツィーがらみの一曲が収録。
ボンゾ・ゴーズ・トゥ・ワシントンの名義で、1984年に12インチ盤でリリースされたもの。

Bonzo Goes To Washington
“5 Minutes (B-B-B Bombing Mix)” 3:18
“5 Minutes (R-R-R Radio Mix)” 4:07

トーキング・ヘッズ、モダーン・ラヴァーズで知られたジェリー・ハリソン Jerry Harrison と、ブーツィーのベース。アーサー・ラッセルはテープ・エディットで参加。

当時の米国大統領であるロナルド・レーガン氏の声を大胆にサンプリングした、エレクトロなファンクであります。そのレーガン氏がまだ俳優だった頃、50年代に出演していたコメディ番組に登場するサルの名前が、ボンゾだそう。上京したボンゾ、俳優上がりの大統領をエテ公呼ばわりですね。サンプリングされたセリフがまた大変な失言で。

硬質な音、ビートにブーツィーのベース・ラインもしびれますが、他の曲もゴツっとゴリっと魅力的。このレーベルに人気があるのも納得。



2020年7月3日金曜日

Well Red “Get Lucky”

George Clinton’s Bag ‘O’ Funk(1997)
Classic P-Funk Mastercuts Volume 1(1993)


Pファンクをネタにした両コンピ盤の、どちらにも収録されていたダブリ3曲の内の一曲が、ウェルレッドの “Get Lucky”(1987)。派手な曲調ではありませんが、これがとてもお気に入り。

ウェルレッド(Well Red)は英国の二人組。1987年の彼らのデビュー・アルバム “Motion” では、2曲のリミックス(のみ)をクリントン親分がプロデュース。
“Get Lucky” は、元の英国版アルバムでは5分ちょっとですが、米国向けには7分50秒ほどに尺を伸ばされて、ビートも強調されたサウンドに。(親分がどこまで口をはさんだものか)米国版アルバムには、曲順を変えてオープニング曲として収録。

一方、老舗シリーズ Mastercuts からのコンピ盤に収録されているのは、同じく長尺版ではあるものの、また微妙に異なる音で。

Well Red “Get Lucky (Original 12" Master Mix)”

元の英国版アルバムに近いながら、じわりじわりと焚きつけてくるような、くすぐられ感はこれが一番。米国産ファンクにはない魅力かも。

Well Red “Respect Due”


そしてウェルレッドのセカンド・アルバムですが。
1988年のアルバム “Respect Due” では、クリントン親分が(リミックスでなく)4曲をプロデュース。英国のPファンク傍系バンドとして、ぐっとそれらしいサウンドに。アンプ・フィドラー(Amp Fiddler)が参加した “Hard” を始め、こちらにも、もったいない曲が埋もれています。

ウェルレッドの片割れは、デニス・ボーヴェルのバンド(Dennis Bovell And The Dub Band)で叩いていたり、という相当なクセ者ドラマーですし。御大J.B のように、いつか Pファンク帝国も多種多様なテーマを持ったアンソロジーが組まれることでしょう。その際は、きっとウェルレッドも候補に挙げられることかと。


2020年7月1日水曜日

George Clinton’s Bag ‘O’ Funk

1997年。ジョージ・クリントン親分がプロデュース等で関わった楽曲を集めたコンピ盤。若き日のレッチリとか、主に80年代の時期を中心としたもの。
これに、アームス・ホールの1984年のアルバム “Gohead” から一曲が収録。

Eramus Hall “Checkin You, Checkin Yourself Out”

アルバム “Gohead” にはプロデュースにブーツィーも加わった2曲があり、その内の一曲がこれ。このアルバム、CD化が(今だに)待たれる一枚ですが、とりあえずこちらに収録ということで。いかにもクリントン親分がらみの80年代サウンドに、ブーツィーのベースが気持ち良く走っていきます。

この “Bag ‘O’ Funk” に先行して、同じくPファンクをネタにしたコンピ盤が、老舗シリーズである Mastercuts からもリリースされていました。

Classic P-Funk Mastercuts Volume 1


1993年。こちらは70年代の曲だったり、クリントン親分が関わっていない曲も含まれていたり、という幅広い選曲。ですが両コンピ盤は、収録曲が 3曲もダブっています。
ブーツィーにしても親分にしても、普通に選曲された各自のベスト盤より、こういったコンピ盤の方が楽しく聴けるものです。Mastercuts からのVol.2 は結局無いようで実に残念。

御大J.B が、まさにさまざまなテーマ、切り口でいくつものアンソロジーが組まれていますが。Pファンク帝国の広大な裾野もまた、それに値する沃野であります。

2020年3月28日土曜日

Party On Plastic (What’s Bootsy Doin’?)

Party On Plastic (What’s Bootsy Doin’?) - With Rap  3:48
Party On Plastic (What’s Bootsy Doin’?) - Without Rap  3:35
Party On Plastic (P.O.P.)  6:59
A Creative Nuisance (Nobody Understands) Party Mix  6:30
P.O.P. Da House Mix  4:51
P.O.P. Da Combat Dance Mix  6:21

1988年。前作から間の空くこと6年ぶり、ブーツィーは何してるの? “What’s Bootsy Doin’?” とタイトルされたアルバムの1曲めに飛びだすのが “Party On Plastic”。パーティしてるよ、というオープニング、最初のシングル曲としても選ばれた強力ナンバーです。

まさに勝負曲、7インチ、12インチなど各種あるシングル盤に散らばっていたこれのリミックス 6バージョンを、すべてCD一枚に集めた便利な盤がこちら。
Special Mixes とされたプロモ盤です。専用の厚紙ジャケット付き(さすがに裏面は印刷なしの無地)。この曲が大好きなファンにはこれはお宝となります。

アタマの2曲はアルバム版と同様(ラップの有り無しが違い)ですが、次の3曲め “Party On Plastic (P.O.P.)” と続くことで、計10分を越えるロング・バージョンに。
さらに4曲め “創造的な迷惑(誰も理解しない)” へとつながっていきますが、このタイトルも可笑しい。

もともと、派手な音づくりをされた一曲です。ラジオのエアプレイを意識した、とはブーツィー本人の弁。大メジャーであるCBSからのリリースですが、ここの関連会社が、先にマイケルの “BAD”(1987年)という大ヒットを飛ばしていますし。シングル曲 “Speed Demon” とか。
ブーツィーとしてもちょっと異色かもしれない、これをプラスチックというかもしれない、80年代末のこの音、今も愛聴しています。

2017年11月25日土曜日

William Bootsy Collins “The One Giveth, The Count Taketh Away”

1982年。ジョージ・クリントン親分の自伝を読んだところ、80年代の到来を本格的に見据えた、このブーツィー初のセルフ・プロデュース作のアルバムについて、コメントが有り(324ページ)。

親分自身の “Atomic Dog” とブーツィーの “Body Slam” が、同時にヒットチャートに昇っていたことを素直に嬉しがっているのですが、一方で、ブーツィーの(“Body Slam” 以降の)レコードを聴くと、もどかしい気持ち、複雑な心境になるとも述べています。なるほど、親分の親心が知れるコメントです。

確かにブーツィーだけでは、という面があるのは仰る通り。実際、もう少し親分に毒を盛ってもらえば良かったのかもしれません。どうすればもっと効くのか、処方箋も見えていたのでしょう。

とはいえ当の親分にも、ブーツィーにも、旅立ってしまったバーニーにも、なかなか事は思うようには運ばず。今もって、理想の音は遠く。
Pファンクのファンの皆にはとっくに聴こえているのですけどね、その音は。


2017年11月23日木曜日

Midnight Star “Victory”

“Hot Spot”

1982年。これもモロに80年代アタマの音。ブーツィーが元気よくボーカルであおるこの曲、ダンスフロア直送のサウンドでありますし、いかにもブラックなタイトルをつけられていますが、けっこう細かく聴かせたりもして飽きさせません。

ミッドナイト・スターといえば次のアルバム “No Parking (On The Dance Floor)” があまりにもヒット作。
写真は彼らの“Anniversary Collection” と題された1999年のベスト盤。こちらの選曲でもその83年以降の曲が多く。ブーツィー参加の “Hot Spot” も入っていますが、なんといっても “Slow Jam” がスタジオ版と、オマケにライブ版まで収録されていたりするのが得点高し。
彼らの場合、ダンスものばかりではね、やっぱりスロー・ナンバーが大事。

Dayton “Hot Fun”

“Krackity Krack”

1982年。Xavier(ゼヴィア、イグゼイヴィア)の “Point Of Pleasure” をプロデュースしていたラーニ・ハリス(ラーニ・ソングとも。Rahni P. Harris, Jr.)が、同じく手がけたデイトン(Dayton)の3作目のアルバム。

ジョージ・クリントン親分の初ソロ・アルバム “Computer Games” にも参加しているラーニ・ハリスですが、ブーツィーとも、つきあいは70年代末からと長いよう。ここではゲストとしてボーカルを披露しているブーツィーです。

デイトンの代表作といえばラーニが正式メンバーとして関わる次のアルバム “The Sound Of Music” が高名ですが、スライのカバーで幕を開けるこちらも80年代アタマな勢いが魅力。ジャケのイラスト通りです。


2017年11月13日月曜日

Xavier “Point Of Pleasure”

“Work That Sucker To Death”
“Do It To The Max”

1982年。ジョージ・クリントン親分と共にブーツィー、2曲に参加。
親分の自伝によると、否も応もなしに70年代の全盛期から下り坂を迎えて、なんとかソロ名義でのヒット “Atomic Dog” が生まれる前の、ちょうど谷の時期に呼ばれたゼヴィア(ゼイヴィア、イグゼイヴィア)との仕事は、自分はまだやれる、良い曲を作れると自信を持たせてくれたそう。

その言葉通りに、楽しくダンサブルの一言につきる2曲。80年代始めらしい(これホメ言葉です)シャープなノリで、ブーツィーのベース・ラインも快調に走っています。


2017年9月9日土曜日

William Bootsy Collins “I Wanna Bee Kissin’ U”

1989年、ブーツィー初来日時のライブが聴けるブート盤。消えていくだけの雑多ブートの一枚でしかありませんが、これもついでに。
今はなきMZA有明での7月のライブ、今でこそ気軽に映像もチェックできますが、あえて言うと、この時の音はおもしろいです。

この後、92年-93年-94年と来日公演を重ねていくブーツィーですが、おかげですっかり、日本のファンにもブーツィーのステージの進行とか音とか、またジョージ・クリントン & Pファンク・オールスターズとの違いといった、基本フォームもお馴染みとなりました。

ですが、アルバム “What’s Bootsy Doin’ ” でもって現場復帰したばかりだった初来日の音からは、このフォーマットが固まる前の段階を聴くことができます。これを挑戦、もしくは試行錯誤と捉えるかはともかく、今とはまた別の姿や可能性を聴きとれるといいますか。

2017年4月23日日曜日

Sweat Band “Sweat Band”

1980年。初CD化は1994年、日本のみで。
ブーツィーがホーニー・ホーンズと組んで送りだしたアルバム。Wikipedia によると “P-Funk Spin Off Act” とある。また、アルバム “Ultra Wave” と同じ週にリリースされたとも。

プロデュースはブーツィー。アレンジ担当もフレッド・ウェズリー(Fred Wesley)と連名で、他にベース、ドラム、ギターも。ブーツィーの陣頭指揮によるサウンドなのですが、アルバム “Ultra Wave” やゴッドモア Godmoma の “Here”(1981年)に比べれば、参加メンバーとのバンド構成を活かした音に。

ギターでマイケル・ハンプトン(Michael Hampton)、ゲイリー・シャイダー(Garry Shider)。キーボードにバーニー(Bernie Worrell)、レザーシャープ(Joel “Razorsharp” Johnson)等々も参加。ボーカル陣多数。
クリントン親分というヘッダーのない見本でしょうかこれは。


Godmoma “Here”

1981年。長らく待たされた末の2012年に、ようやく日本限定でCD化。輸出禁止と明記されています。
女性コーラス・トリオのゴッドモマですが、その名前が主役にならないのはPファンク系の常。プロデュースに、ベース、ギター、ドラムはブーツィー。

サポートとして、ギターにキャットフィッシュ(Phelps “Catfish” Collins)、キーボードにレザーシャープ(Joel “Razor Sharp” Johnson)、ホーン隊はフレッド、メイシオ、といつもの名前も。
バーニー・ウォーレル(Bernie Worrell)がいない、というのもこのサウンドの特長と言えるでしょうか。

このアルバムは、ブーツィー自身のアルバムである1980年の “Ultra Wave” と、1982年の ”The One Giveth, The Count Taketh Way” の間を埋めるサウンドを聴くことができる、というのが最大のポイント。
アルバム・タイトル曲の “Godmoma Here” を始め、“Hands Up (Punk Funk)” のベース・プレイや大団円を迎える “Godmoma Of Love” まで、ブーツィー好きには聴きどころ満載です。


2017年2月19日日曜日

Gettovetts “Missionaries Moving”

“Death Command”

1988年。映画「ワイルド・スタイル」(1983)にも登場していたラメルジー(Rammellzee)とショックデル(Shockdell)のアルバムを、ビル・ラズウェルがプロデュース。ブーツィは1曲にベースとボーカルで参加。

ギターのリフが印象的なナンバーですが、8分40秒ほども繰り返しされます。激しい曲調に、あわただしいベース演奏が聴けますが、これはブーツィには珍しいかもしれない。


Afrika Bambaataa & Family “The Light”

“Clean Up Your Act”
“Zouk Your Body”
“World Racial War”

1988年。アフリカ・バムバータのアルバムの中で、ビル・ラズウェルのプロデュースした3曲に、ジョージ・クリントン(George Clinton)と共に参加。
この3曲はメドレー的に繋がり、主役はクリントン親分とブーツィーのボーカル。

ブーツィーのベースもうねる “Clean Up Your Act” を筆頭に、スライ&ロビー(Sly & Robbie)にイエローマンまでも参加したレゲエの “Zouk Your Body” 、これと “World Racial War” の2曲ではバーニー(Bernie Worrell)の鍵盤も聴ける、という3曲で、占めて19分の展開。
この時期のビル・ラズウェル/マテリアルのアルバム “Third Power”(1991年)につながるようなサウンドが聴けます。ブーツィーのギターが気持ち良く。


2017年2月13日月曜日

Herbie Hancock “Perfect Machine”

1988年。ビル・ラズウェル(Bill Laswell)のプロデュースで、「処女航海」の再演も。
全6曲中、ビートのきいた5曲のクレジットに、連名でブーツィーの名前が記載されており、"Vibe Alive" ではマイコ・ウェイヴ(Mico Waves)の名前も含まれている。
ブーツィー目当てとなると、その “Vibe Alive” と “Beat Wise” の2曲でしょうか。どちらもボーカルにシュガーフット(Leroy “Sugarfoot” Bonner)が参加。

“Maiden Voyage/P.Bap” は「処女航海」のエレクトロ版。後半の “P.Bap” なんていう曲名からして、ブーツィーにはもう少し前に出てきて欲しいところ。ここでベースがひと暴れする山場があれば、このアルバムの目玉になったかも。
ラストを飾る “Chemical Residue” は主役のハンコックのソロ曲ですが、これが美しい。




2017年2月12日日曜日

Manu Dibango “Afrijazzy”

“Makossa ’87”

1986年。元は1972年のヒット曲 “Soul Makossa” を、ビル・ラズウェル(Bill Laswell)のプロデュースにより再演。
16分を超える長さになったこのファンクなバージョンは、マヌ・ディバンゴがブロウするテーマをスライ&ロビー(Sly & Robbie)ががっちり支えて、ブーツィーのスペース・ベース、ギターが切りこんできたり、ハービー・ハンコック(Herbie Hancock)のピアノ、バーニー(Bernie Worrell)のシンセが彩りを添えたりして、カッコ良くドライブしていきます。

一聴派手めな音ですが、きめ細かく音を重ねて16分を展開。あくまでダンスフロア向けに、クールに決めてきます。

このヒット曲、マヌ・ディバンゴのアルバム “Gone Clear”(1980年)でも、先に再演されていました。そこでのタイトルは “Reggae Makossa”。スライ&ロビーが同じくバックを務めるアルバム自体が、レゲエな一枚でしたが。
ファンク版とレゲエ版のどちらにしても、気持ち良く魅力的であります。



2016年9月15日木曜日

Menace “Doghouse”

“Doghouse”
“Give It Up”

1989年。メナースのデビュー・アルバム。プロデュース(ベースも)はビル・ラズウェル(Bill Laswell)。
ブーツィーということでは、上記の2曲でしょうか。バーニー(Bernie Worrell)にメイシオ・パーカー(Maceo Parker)も参加。
他に“Silly Stupid” と “Farfetched” では、ギターにマイケル・ハンプトン(Michael Hampton)も参加。

“Doghouse” は、“Party On Plastic” タイプの強力ナンバー。スペース・ベースのヘビーなリフがぐちゃぐちゃっと、この倍の収録時間でも良いのではないでしょうか。
“Give It Up” はラリー・ブラックモン風でしょうか。
“Doghouse (Doggy Dub)” は、キース・ルブラン(Keith Leblanc)によるダブ仕立て。これが一番強力だったりして。


2016年9月14日水曜日

Keith Richards “Talk Is Cheap”

“Big Enough”

1988年。キース・リチャーズの初のソロ・アルバム。
ドラムのプレイヤー兼プロデューサーであるスティーヴ・ジョーダン(Steve Jordan)が、元ラベルのサラ・ダッシュ(Sarah Dash)を呼ぶとか、ホントに良い人選、良いお膳立てを整えたと。

アルバム中でもとりわけ派手なのが、このオープニングを飾るファンク・ナンバー。
サックスにメイシオ・パーカー(Maceo Parker)、ベースにブーツィー(Bootsy Collins)、オルガンでバーニー・ウォーレル(Bernie Worrell)。バーニーは他にも3曲でプレイしてバンドに馴染んでいます。

プロフェッショナルなこのバンドの中で、キースというロック野郎は主役ではあっても同時に不思議と異物でもあります。で、招かれたブーツィという男もまた異物感たっぷりの黒いノイズで。

考えるに長年、ブラック・ミュージックを対象としてきたストーンズ。
キースにとってこのアルバムはアレサ・フランクリン、チャック・ベリーと続くプロジェクトでもありました。スティーヴ・ジョーダンをキーマンに、ブラック・ミュージックとの関係においてこれはピークの一つだったのでは。


2016年9月13日火曜日

Trouble Funk “Trouble Over Here,Trouble Over There”

1987年。ブーツィーのプロデュースは3曲。

裏ジャケを見るとメンバーの足元の写真で、“NIKE” を履いています。これはランDMCの “adidas” に対抗する戦略だったそう。ランDMCのヒット曲に “My adidas” があるように、当時のヒップホップといえばまずイメージするのがアディダスの3本線でした。

ランDMCに続け。ヒップホップ畑でもできたのだから、ワシントンD.C.のローカルなGo-Goだって全国区のスターへ。そんなヒットを狙って企画されたアルバムに、“NIKE” と共にブーツィーも登板。

“Trouble” にはキーボードでマイコ・ウェイヴ(Mico Wave)も。“Women Of Principle” のドラムはスティーヴ・ジョーダン(Steve Jordan)。このあたりは “Body Slum!” タイプのシンプルな音で勝負です。87年のブーツィーらしいギター、ベースのプレイも聴けるのが “New Money”。

体力も自慢の肉体派グループですから、 人力ドラムの音も明快。打って出ようという勢いがみなぎっていますね。

Go-Goとかヒップホップとかファンクとか、今となっては誰も気にしません。
ちなみに現在、Googleで検索してみた際の、検索結果の数を比べてみますと。
「ランDMC」で検索すると、約 4,880,000 件、
「トラブル・ファンク」では、約 204,000 件、
「ブーツィー」では、約 45,200 件、
「ブーツィー・コリンズ」では、約 27,200 件。
うーん、予想以上にダメだったのがブーツィーとは。


2016年9月11日日曜日

George Clinton “The Cinderella Theory”

“Banana Boat Song”

1989年。このジャマイカ生まれの労働歌のカバーに、ブーツィーが参加。同じ89年に出た George Clinton Presents “Our Gang Family” や、マイコ・ウェイヴ、トラブル・ファンク、インコーポレーテッド・サング・バンドで聴けた、80年代後半のブーツィーの仕事とつながるサウンドです。

リズム・トラックとかが打ち込みで、すべてシンセでやっているような音。チマチマしたパターンの、デジタルな整合感がクセになるよな、アンバランスなような。
その手の曲の中で、この演奏が完成形でしょうか。パキパキと鳴らされるベースの効果音、いいですね。クセになります。

アルバム自体は、クリントン親分の個性あふれるもの。そうは言っても、幾度も繰り返し聴いた今でも、その魅力をこれと一言では説明できませんが、そこがまた。