ファッツ・ウォーラーは大雑把に1940年以前とか第二次世界大戦以前と括られる、アーリージャズ期のピアニスト。ここからモダンジャズにもつながるという前段のパイオニアの一人でもあります。
ジェイソン・モランは同じピアニストとして共感や憧れ、自負もあるのでしょう。
軽やかなピアノが小気味良く、けっこうベースがズビズビいくという、聴いて心地良いアルバムです。
軽すぎずシリアスすぎずで、ジャズしか聴かないみたいなファンだけでなく、もっと広くの皆さんに楽しんで欲しいという意向が伝わってきます。今どきの録音ものですから、細かな音が鳴っていたりと、ヘッドフォンで聴いても楽しく。
プロデュースはドン・ウォズ Don Was とミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello によるもの。
ドラムとベースはジェイソン・モランとはお馴染みのメンバーですが、ここではいつものバンドワゴン The Bandwagon というバンド名は使用せず。
サックスでスティーヴ・リーマン Steve Lehman も参加、ミシェルはすでに彼のアルバム Steve Lehman “Demian As Posthuman”(2005年)に参加しており。またエンジニアとしてミシェルとは旧知のボブ・パワー Bob Power の名前も。
ミシェルはいくつかの曲で歌っており。
もう一人の女性ボーカルと(似たような声で)渾然一体となって歌っていたりと良い感じ。
“Ain’t Nobody’s Business” ではミシェルが一人できっちりと歌っていて。バンドも単なる歌伴という以上に主張して、彼女らしく暗くて美しい仕上がりに。
歌詞を見ますと、さまざまな立場の、だけど少数派、弱者である側から歌われた歌詞でしょうか。ファッツ・ウォーラーには(このアルバムには入っていませんが)他にも “(What Did I Do to Be So) Black and Blue” という曲があって。
「こんなにブラックでブルーになるなんて俺が何をしたってんだ」とルイ・アームストロングも歌った有名曲。毒づいているような、嘆いているような。タイトルの “Black and Blue” には殴られて青アザだらけという含みがありますし、もちろん黒人で悲しいとも取れますし。
ミシェルとしては当然この辺りにも賛同しているでしょうし、それはまた主張でもありましょうか。
もしもミシェル一人だけのプロデュースであったのなら、どんな音のアルバムになっていたでしょうか。ドン・ウォズはブルーノート・レコードの社長(2012年1月から就任)ですから、商売抜きというのもあり得ずで。
例えば選曲が違ったとか。この “Ain’t Nobody’s Business” を聴くと、そんなことも思いますが。

