このアルバムも全曲を自作、ポエトリーリーディングをしております。
サウンドの方はミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello が全面的にサポート。コンポーズにアレンジ、それにプロデュース、加えてベースをプレイしております。
となると、ジャマイカに生まれ11歳の時にロンドンのブリクストン地区に移住した、というリントン・クウェシ・ジョンソン Linton Kwesi Johnson を思い起こしますが。
で、リントンのダブポエトリーを支えたのがデニス・ボーヴェル Dennis Bovell のサウンドでした。彼はバルバドス出身、12歳でサウスロンドンに移住。
リントンが英国に移住したのが1963年、アンソニー・ジョセフといえば1989年だそう(ウィキペディアより)。
なんともこれはミシェル達の演奏の方ばかりに耳がいってしまいます。
やはりアール・ハーヴィン Earl Harvin のドラムでしょうか。一打一打が強力で印象に残ります。ジェフ・ベックとか宇多田ヒカルとか、ミシェルのアルバム “Comet, Come to Me”(2014年)でも叩いております。
ギターにはおなじみの Christopher Bruce (Chris Bruce) も。彼はミシェルとは長いつきあい、“Devil’s Halo”(2009年)から現在までのミシェルのすべてのアルバムに参加している人物。
また鍵盤のジェビン・ブルーニ Jebin Bruni ですが、こちらもアルバム “Pour une Âme Souveraine: A Dedication to Nina Simone”(2012年)(ニーナ・シモン追悼作)からミシェルのすべてのアルバムに参加している人物。
ベースのリフが強力にドライブするファンクや、アフロっぽいの、ブラジルっぽいの、ドラムとパーカッションのみ、とさまざまなトラックが見本市のように並んで。飽きさせないように、という趣向でしょうか。
翌年のミシェルのアルバム “Comet, Come to Me”(2014年)とはプレイヤーの多くが重複しておりますが、こちらの方が単純にリズミカルなトラックが多く。
その “Comet, Come to Me” にまつわる2014年の来日公演では、こちらに収録されている “Hustle To Live” を披露したというライブ・リポートが有り。歌うはミシェル自身ですが、まさにミシェルのアルバムに収録されてもおかしくないようなファンク。このカッコ良いベースは Christopher Bruce (Chris Bruce) によるプレイとクレジットが有り。
2026年4月19日日曜日
Benji Hughes “Songs in the Key of Animals”
Shark Attack
Peacockin’ Party
Freaky Feedback Blues
Longshot
2016年。ベンジー・ヒューズとカタカナ表記すれば良いようですが。米国はノースカロライナ出身のミュージシャン。
彼はミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello のアルバム “Weather”(2011年)に参加していて。ボーカルにピアノ、それに曲を提供したりと。三曲に名前がクレジットされて(採用されて)いるのだから、なかなかの貢献ぶりでしょうか。
その “Weather” や “Devil’s Halo”(2009年)といったミシェルのアルバムに参加していたのが、鍵盤の Keefus Ciancia という方。こちらはミシェルがゲスト参加した仕事の方でもいくつか一緒にやっているおなじみさん。この方、先立ってベンジー・ヒューズのデビュー作 “A Love Extreme”(2008年)にプロデュース他で大きく関わっていたようで、この辺りからベンジーとミシェルがつながったのではないかと思われますが。
“Weather” の(プロデュースはジョー・ヘンリー Joe Henry でしたが)副プロデュースが Keefus Ciancia でしたし。
で、ベンジー・ヒューズのこのCD二枚組みのアルバムですが、ミシェルは4曲でベースをプレイ。特に前に出てくるわけではありませんが、小気味よく曲をドライブさせております。
また “Girls Love Shoes” にもボーカルと一応クレジットされていますが、何人かと混じって声を発しているのみでこれと判別できるほどではなく。
このアルバム、元々は2014年に他のアルバムとセットにした形でベンジー・ヒューズ自身のサイトからセルフ・リリースされていたそう(ウィキペディアより)。それが曲順を変えたりした上で単体で販売、入手しやすくなって。
ジャケットのイラストを見る限りは、これにそそられるかな?というデザインですが、肝心の音は(ミシェルの参加とは関わらずに)なかなかに楽しませてくれるもの。
2026年3月8日日曜日
Mark Guiliana “My Life Starts Now”
Strive
2014年。マーク・ジュリアナは米国はニュージャージーの生まれ、新世代を代表するとの呼び声も高いドラマー。
このアルバムも曲としてはレゲエだったりギターがうなったり、あれこれビートが展開しますが、すべて人力のドラミングとのこと。
シンプルに、スマートに、凝ったビートを聴かせるジャズ系ドラマーのソロ作でありましょうか。単純にバカテク自慢ではないにしても、ずっと叩いております。
これ聴くというよりは、ビートに合わせてギターを弾いてみたりドラムの練習したりと、そんな使い方にも適しているような。
実際のところ、プログラムでもサンプリングでも(気持ち良ければ)構わないのですが。
なるほど大した芸ではありますが、ちょっと途中で、もっとローカルのいなたいレゲエやダブ、ブルースの粗っぽいリフなんかが聴きたくなったりして。雑味たっぷりの、そっちの気持ち良さが。それとCD盤は米国と日本のみ、これは配信が主でしょうか。
ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello は一曲に参加、ぶつぶつ呟いているだけですが。
ミシェルはジェイソン・リンドナーのアルバム Jason Lindner “Gives You Now Vs Now”(2009年)で共同プロデュースの一人として名を連ね、ベースをプレイもしましたが、そこでのドラマーがマーク・ジュリアナでした。
2026年2月8日日曜日
Ruthie Foster “Promises of a Brand New Day”
2014年。ルーシー・フォスターはテキサス州出身の歌手。14歳でソロイストとして地元のクワイア(合唱団、聖歌隊)で歌っていたとのこと(ウィキペディアより)。
ゴスペルにブルース、フォークとさまざまな曲が並んでおりますが、主役は歌声。言ってしまえば、聴きやすい薄口のメイヴィスといったところですが、しっかり揺るぎなく。“Promises”(約束された)というタイトルにこめた確信に揺るぎなく。
プロデュースはミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello が。ベースも担当しておりますが、渋いプレイに徹してバンドの屋台骨を支えております。
どちらかというとギターの Christopher Bruce (Chris Bruce) の方が目立っているかも。彼はミシェルとは長いつきあい。“Devil’s Halo”(2009年)から現在までのミシェルのアルバムにすべて参加している人物で。
またギターではブルースな一曲にドイル・ブラムホール2世 Doyle Bramhall II も参加。彼はミシェルの “Comfort Woman”(2003年)でもゲストとしてバリバリと弾き倒しておりました。
特にアルバムの前半では、ドラムやギターが大きめのバンド・サウンドが鳴っていて、歌を盛り上げておりますが、出すぎるということはなく。
2026年1月27日火曜日
Jason Moran “All Rise: A Joyful Elegy For Fats Waller”
2014年。テキサス州の大都市ヒューストンの生まれ、というジェイソン・モランは米国ジャズの鍵盤奏者。このアルバムはファッツ・ウォーラーへのトリビュート作品。
ファッツ・ウォーラーは大雑把に1940年以前とか第二次世界大戦以前と括られる、アーリージャズ期のピアニスト。ここからモダンジャズにもつながるという前段のパイオニアの一人でもあります。
ジェイソン・モランは同じピアニストとして共感や憧れ、自負もあるのでしょう。
軽やかなピアノが小気味良く、けっこうベースがズビズビいくという、聴いて心地良いアルバムです。
軽すぎずシリアスすぎずで、ジャズしか聴かないみたいなファンだけでなく、もっと広くの皆さんに楽しんで欲しいという意向が伝わってきます。今どきの録音ものですから、細かな音が鳴っていたりと、ヘッドフォンで聴いても楽しく。
プロデュースはドン・ウォズ Don Was とミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello によるもの。
ドラムとベースはジェイソン・モランとはお馴染みのメンバーですが、ここではいつものバンドワゴン The Bandwagon というバンド名は使用せず。
サックスでスティーヴ・リーマン Steve Lehman も参加、ミシェルはすでに彼のアルバム Steve Lehman “Demian As Posthuman”(2005年)に参加しており。またエンジニアとしてミシェルとは旧知のボブ・パワー Bob Power の名前も。
ミシェルはいくつかの曲で歌っており。
もう一人の女性ボーカルと(似たような声で)渾然一体となって歌っていたりと良い感じ。
“Ain’t Nobody’s Business” ではミシェルが一人できっちりと歌っていて。バンドも単なる歌伴という以上に主張して、彼女らしく暗くて美しい仕上がりに。
歌詞を見ますと、さまざまな立場の、だけど少数派、弱者である側から歌われた歌詞でしょうか。ファッツ・ウォーラーには(このアルバムには入っていませんが)他にも “(What Did I Do to Be So) Black and Blue” という曲があって。
「こんなにブラックでブルーになるなんて俺が何をしたってんだ」とルイ・アームストロングも歌った有名曲。毒づいているような、嘆いているような。タイトルの “Black and Blue” には殴られて青アザだらけという含みがありますし、もちろん黒人で悲しいとも取れますし。
ミシェルとしては当然この辺りにも賛同しているでしょうし、それはまた主張でもありましょうか。
もしもミシェル一人だけのプロデュースであったのなら、どんな音のアルバムになっていたでしょうか。ドン・ウォズはブルーノート・レコードの社長(2012年1月から就任)ですから、商売抜きというのもあり得ずで。
例えば選曲が違ったとか。この “Ain’t Nobody’s Business” を聴くと、そんなことも思いますが。
2025年12月30日火曜日
Robert Glasper Experiment “Black Radio”
The Consequences Of Jealousy
2012年。米国の鍵盤奏者であるロバート・グラスパーの、全曲にゲスト・ボーカルを招いた歌ものアルバム。彼の名前を一躍高めて、続編も第3作まで制作されたヒット作。
ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello も一曲にボーカルで参加。
ドラムを担当したクリス・デイヴ Chris Dave とは、ミシェルはもう幾度も共演済みのお馴染みさん。
彼はミシェルのアルバム“Comfort Woman”(2003年)で全曲のドラムを叩いており。
ミシェルのプロデュースした “The Spirit Music Jamia: Dance Of The Infidel”(2005年)でも、アルバムの半数の曲のドラムを任されていて。
他にミシェルがゲスト参加した単発でもいくつか。
ドリー・パートン Dolly Rebecca Parton へのトリビュートである “Just Because I’m A Woman - Songs Of Dolly Parton” や、チャーリー・パーカー・リミックス・プロジェクトの “Bird Up - The Charlie Parker Remix Project” といったアルバム(どちらも2003年)。
そして英国のバンドであるレディオヘッド Radioheads のカバー集 “Exit Music: Songs with Radioheads”(2006年)では、Me’Shell NdegéOcello & Chris “Daddy” Dave と連名の名義にて曲を提供、すっかり気心の知れた仲に。
ロバート・グラスパーとも、すでにマイロンのアルバム制作できっちり共演済み。Myron “Myron & The Works”(2008年)
広くに売れたアルバムです。ピアノの音も美しく、まずはジェントル、温かな、オシャレめ、なんて印象を受けるでしょうか。
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