2018年6月10日日曜日

Bernie Worrell “Pieces Of Woo:The Other Side”

1993年。バーニー・ウォーレル(Bernie Worrell)、4作めのソロ・アルバム。同年の “Blacktronic Science” と同じく、共同プロデュースはビル・ラズウェル(Bill Laswell)。
バーニーの鍵盤による音宇宙を、黒い科学と名づけてパッケージした “Blacktronic Science”。その一枚では収まりきらない広大な魅力を、さらにカバーしようとした、断片:違う側面というタイトル通りのアルバムです。

ドラムにベースといったリズム、ボトムの編成はありませんが、フレッド・ウェズリー(Fred Wesley)による精緻なホーン・アレンジメントを幕開けに、ウマー・ビン・ハッサン(Umataro Bin Hassan)の語り、バケットヘッド(Buckethead)の生々しいギター、アミナ・クローディン・マイヤーズ(Amina Claudine Myers)のリリカルなオルガン等々。
全7曲のどれも、バーニーと招かれたゲスト・プレイヤー達との絡みが聴きどころです。

各自、各曲が等しく断片となって、バーニー独自の美しく、禍々しい、ストレンジといわれる音宇宙を積み上げていきます。
やっぱり “Blacktronic Science” が詰まっていますし、それをPファンクと呼んでも構わないでしょう。じっくりと楽しませてくれます。


2018年4月7日土曜日

Dwayne Dolphin “Essence of an Angel”

2012年。ドゥエイン・ドルフィン(Dwayne Dolphin)。フレッド・ウェズリー(Fred Wesley)のバックでは、ドラムのブルース・コックス(Bruce Cox)と共に手堅く絶妙にファンクするベースを聴かせてくれる存在です。

基本はジャズ畑のお方、リーダー作の “Portrait of Adrian”(1993)や、ブルース・コックスと組んだ “Three Of A Kind”(1994)といったアルバムではウッド・ベースに持ち替えて、スモール・コンボによる伝統的なジャズをプレイしています。
けしてファンク好きが期待するような尖った音ではなく、日常的な、かって新伝承派などと日本で呼ばれたものに近いかもしれません。

近作であるこのアルバムはジャズ・フュージョンなサウンドで、ホール & オーツの “Sara Smile” とか、ずばりスライの “If You Want Me To Stay”、それにジャネット・ジャクソンの “Anytime, Anyplace” といった、ポップな曲、どこかで聴いたことのあるような有名曲のカバーも含まれています。
そそられる選曲でありますが、ベースが魅力的にバウンスするような曲がもう2、3曲ありますと、さらに好みといいますか、話題にもなるかと思うのですが(一部のファンク好きにですが)。

ドゥエイン・ドルフィンは強烈にオリジナリティを主張するようなタイプではないのかもしれません。そのベース・プレイからすれば、黒々としたファンク・マスターぶりを勝手に期待してしまいますが、どうもこちらの耳も毒され過ぎているようです。
やっぱりジャズ畑に生きる人なのでしょう。米国のスタンダードなごく一般のジャズ・ファン層といえば、それはそれはすごい人口数でしょうし。求められるものもそれは厳しいでしょう。

ドゥエイン・ドルフィンが大きく踏み外して、もっとこちらの線で弾けてくれるのはこの次でしょう。「払ってくれれば何でもお望み以上を聴かせてやるよ」と返されるでしょうか。


2018年4月6日金曜日

Fred Wesley “Amalgamation”

1994年。自身のアルバムでは、JBズのリーダー、アレンジャーだった頃から変わらない、落ち着いた音づくりを聴かせてくれるフレッド・ウェズリー(Fred Wesley)。ソロ活動が活発になってきた90年代前半のアルバムです。
この頃は、ジャズ系のアルバムを多くリリースするドイツのレコード・レーベル、マイナー・ミュージック(Minor Music)から、アルバムを発表していました。

このアルバムのポイントは、ドラムのブルース・コックス(Bruce Cox)、ベースのドゥエイン・ドルフィン(Dwayne Dolphin)、ピアノのピーター・マドセン(Peter Madsen)というバンドの顔ぶれでしょうか。

三人共にリーダー・アルバムを持つジャズ・プレイヤー達です。この三人が集まった小粋なジャズ・アルバム “Three Of A Kind” という一枚も、同じ1994年にマイナー・ミュージックからリリースされています。

彼らを率いるフレッド・ウェズリー、もちろんJBズからのファンの期待にも忘れず応えていますし、有名曲 “Careless Whisper” のじっくりと丁寧なカバーも聴かせどころ。
ヒップホップの全盛期に、あえてルーツであるジャズへの志向も強めながら、全員が一体となって生みだすサウンドの気持ち良さは、アマルガム(合成、混合)というアルバム・タイトルの通りです。



2018年3月24日土曜日

Monie Love “Down To Earth”

“Monie In The Middle”
“It’s A Shame (My Sister)”
“I Do As I Please”

1990年。ネイティブ・タン一派とされるモニー・ラブのデビュー・アルバム。ブーツィーはギターで3曲に参加。
ブーツィーとヒップホップといえばやっぱりこの後のアイス・キューブやスヌープとか、西海岸勢とのつきあいが印象強く、またはクリスチャン・ラップの系統に多く参加しているとかはあっても、東海岸とかニュースクールというイメージは薄いですね。この年、ディーライト(Deee-Lite)とも組んでいるブーツィーであります。
残りの大半の曲にはアフリカ・バムバータ(Afrika Baby Bambaataa)が関わっています。

デトロイトのコーラス・グループ、スピナーズ(Spinners)70年のシングル “It’s A Shame” を大ネタに使い、そこにブーツィーのノリを持ちこむというのはアイディアですね。ヒップホップとかソウルとか、東か西かとか、名称や時代は脇に置いておいて、ブラック・ミュージックのあのウキウキするようなノリが楽しめます。


2018年3月21日水曜日

Sly & Robbie “Language Barrier”

1985年。スライ&ロビーのこのアルバムは、レゲエという枠を越えて世界に売り出そうと制作された、3枚のアルバム中の最初の一枚。プロデュースはビル・ラズウェル(Bill Laswell)。
バーニー・ウォーレル(Bernie Worrell)を始めとして、ハービー・ハンコック(Herbie Hancock)、マヌ・ディバンゴ(Manu Dibango)、アフリカ・バムバータ(Afrika Bambaataa)といった多彩な名前がゲストとして並んでいます。ギターでマイケル・ハンプトン(Michael Hampton)も。

バーニーの名前がクレジットされているのは2曲。
これがアルバムの顔となるようなオープニングとエンディングの曲で、特に締めくくりを飾る曲 “Get To This, Get To That” は、バーニーのものではないかと思われる歌声まで聴ける好曲。12インチ盤にはダブ・リミックスまで収録されており、このようなバージョンもまとめてオマケにして再発していただければ良いのですが。

ハービー・ハンコックとの1983年の “Rockit” でヒットを飛ばしたビル・ラズウェルのプロデュース業ですが、同じ年のノナ・ヘンドリックスのアルバム “Nona” には、ビルとバーニーの名前が別個ですがすでに見受けられます。
そしてスライ&ロビーの1987年のアルバム “Rhythm Killer” が、再びビルのプロデュース。バーニーに加えてブーツィーまでもが参加することに。
バーニーとビルのつきあいはその後も長くずっと続きます。


2018年2月12日月曜日

Colonel Claypool’s Bucket of Bernie Brains “Big Eyeball in the Sky”

2004年。プロデュース、ベースとボーカルにレス・クレイプール(Les Claypool)、ギターにバケットヘッド(Buckethead)、ドラムにブレイン(Brain)、そして鍵盤がバーニー・ウォーレル(Bernie Worrell)という顔ぶれ。
ブーツィーも参加していたバケットヘッドのアルバム “Monsters & Robots”(1999年)を始めとして、バーニー以外の三人は幾度か共演を重ねている間柄です。

くせ者、変わり者、変態などと称されることも多いプレイヤー達でありますが、ノリの良さは確か。このアルバムでも、独特のスピード感溢れるプレイを楽しませてくれます。

バンド名というか名義が “クレイプールによる〜” ですから、白人らしいロックのアンサンブルであります。あのプライマス(Primus)とプラクシス(Praxis)の合体、と言いますか、ここにバーニーがどのように絡んでいるのか聴きどころ。
この手の音が好きなのは少々マニアックなロック・ファンではないかと思いますが、ファンク好きもぜひ一度。