1995年。タル・ロス(トール・ロス)はファンカデリックのオリジナル・メンバーだった一人。71年にバンドを抜けた後、何をしていたものか、実に25年ぶりに出したソロ・アルバムがこれ。
伝説的なギタリストのよみがえりでありますが、この一枚のみで今もまた沈黙を続けています。
プロデュース、および全曲をタルと共作とクレジットされている、Peter Wetherbee なる人物が仕掛け人でしょうか。ビル・ラズウェルと関係のある方のようですね。
アルバムの巻頭に置かれたのが、20秒に満たない “Ain’t No Reason” という曲。デルタなブルースです。オープニングを飾るのが役目の小品ではありますが、これでぐっと捕まれます。タイトルは “理由は無し”、ですか。このブルースにとても惹かれます。
この曲の続きだとか、他にもブルースな曲が聴いてみたいものです。元ファンカの看板に恥じない一枚だと思いますが、そこに頼らなくても、さらにこの後に2作目、3作目とアルバムが続いていたとしたら、もしかすると聴けたのかもしれません。
William “Bootsy” Collins !! ブーツィー・コリンズ、地を這い、のたうち回るベース。すっかり絡みとられています。あんな曲もこんな曲もと手を伸ばしていたら、色々とCDも増えました。
2017年11月4日土曜日
2017年10月1日日曜日
Little Axe “Slow Fuse”
1996年。リトル・アックスことスキップ・マクドナルド(Skip “Little Axe” McDonald)の2つめのアルバム。
ウェイラーズの “Small Axe”、それとゴスペル・シンガーの Willmer “Little Ax” Broadnax からインスパイアされたというリトル・アックスの名前ですが、現在までにいくつかのアルバムが発表されています。その中でも、このアルバムには他にはないスペシャルな特典がありました。
本編である “Slow Fuse” に、ボーナス・ディスクを加えて2枚組とした仕様の存在であります。そのボーナスというのが “Fuse” とタイトルされたダブ・アルバムでした。
いつも通りに On-U からリリースされ、共同プロデュースとミックスはエイドリアン・シャーウッド(Adrian Sherwood)が担当した “Slow Fuse” と、その隠れキャラである “Fuse”。こんなカッコ良いオマケがあるのはこのアルバムだけです。
“Fuse” には、導火線とか異なる金属を溶解、融合させるという意味がありますが、さらに進めて溶かしこんだというタイトルでしょうか。スキップ・マクドナルドのギターに、ベースのダグ・ウィンビッシュ(Doug Wimbish)、ドラムのキース・ルブラン(Keith LeBlanc)、そしてダブ・サウンド。なんとなくあのファンカデリックのファースト・アルバムを思い起こさせるような溶け具合です。
ウェイラーズの “Small Axe”、それとゴスペル・シンガーの Willmer “Little Ax” Broadnax からインスパイアされたというリトル・アックスの名前ですが、現在までにいくつかのアルバムが発表されています。その中でも、このアルバムには他にはないスペシャルな特典がありました。
本編である “Slow Fuse” に、ボーナス・ディスクを加えて2枚組とした仕様の存在であります。そのボーナスというのが “Fuse” とタイトルされたダブ・アルバムでした。
いつも通りに On-U からリリースされ、共同プロデュースとミックスはエイドリアン・シャーウッド(Adrian Sherwood)が担当した “Slow Fuse” と、その隠れキャラである “Fuse”。こんなカッコ良いオマケがあるのはこのアルバムだけです。
“Fuse” には、導火線とか異なる金属を溶解、融合させるという意味がありますが、さらに進めて溶かしこんだというタイトルでしょうか。スキップ・マクドナルドのギターに、ベースのダグ・ウィンビッシュ(Doug Wimbish)、ドラムのキース・ルブラン(Keith LeBlanc)、そしてダブ・サウンド。なんとなくあのファンカデリックのファースト・アルバムを思い起こさせるような溶け具合です。
2017年9月30日土曜日
Bootsy’s Rubber Band “Live In Louisville 1978”
ブーツィズ・ラバーバンド、独り立ちしてメインアクトを務めた Player Of The Year ツアーからのライブ音源。1999年。
演奏はとにかく押せ押せでグイグイ乗せてきます。ひたすら攻めてきます。両ツアーからの映像はそれぞれDVDやネットでも見られる訳ですが、音だけでも知らず知らずに乗せられてしまいます。
この頃はバーニーは不在ですが。もし同行していたらどんな音になっていたでしょうか。
それにしてもこのような音源は(CDメディアにしなくても)Bootzilla Productions のサイトからでもどんどん公開して、もっと楽しませて欲しいものであります。
“Live In Oklahoma 1976”
同じように、こちらはマザーシップ・コネクション・ツアーからパーラメント-ファンカデリックの前座を務めたステージの模様といわれるライブ音源。2001年。演奏はとにかく押せ押せでグイグイ乗せてきます。ひたすら攻めてきます。両ツアーからの映像はそれぞれDVDやネットでも見られる訳ですが、音だけでも知らず知らずに乗せられてしまいます。
この頃はバーニーは不在ですが。もし同行していたらどんな音になっていたでしょうか。
それにしてもこのような音源は(CDメディアにしなくても)Bootzilla Productions のサイトからでもどんどん公開して、もっと楽しませて欲しいものであります。
2017年9月9日土曜日
William Bootsy Collins “I Wanna Bee Kissin’ U”
1989年、ブーツィー初来日時のライブが聴けるブート盤。消えていくだけの雑多ブートの一枚でしかありませんが、これもついでに。
今はなきMZA有明での7月のライブ、今でこそ気軽に映像もチェックできますが、あえて言うと、この時の音はおもしろいです。
この後、92年-93年-94年と来日公演を重ねていくブーツィーですが、おかげですっかり、日本のファンにもブーツィーのステージの進行とか音とか、またジョージ・クリントン & Pファンク・オールスターズとの違いといった、基本フォームもお馴染みとなりました。
ですが、アルバム “What’s Bootsy Doin’ ” でもって現場復帰したばかりだった初来日の音からは、このフォーマットが固まる前の段階を聴くことができます。これを挑戦、もしくは試行錯誤と捉えるかはともかく、今とはまた別の姿や可能性を聴きとれるといいますか。
今はなきMZA有明での7月のライブ、今でこそ気軽に映像もチェックできますが、あえて言うと、この時の音はおもしろいです。
この後、92年-93年-94年と来日公演を重ねていくブーツィーですが、おかげですっかり、日本のファンにもブーツィーのステージの進行とか音とか、またジョージ・クリントン & Pファンク・オールスターズとの違いといった、基本フォームもお馴染みとなりました。
ですが、アルバム “What’s Bootsy Doin’ ” でもって現場復帰したばかりだった初来日の音からは、このフォーマットが固まる前の段階を聴くことができます。これを挑戦、もしくは試行錯誤と捉えるかはともかく、今とはまた別の姿や可能性を聴きとれるといいますか。
2017年9月7日木曜日
Bootsy’s New Rubber Band “Live In Japan 1993”
1993年にまずビデオテープ、次いで2002年にDVDで再リリースされた、1993年8月、川崎でのライブを収めた映像。
ジョージ・クリントン & Pファンク・オールスターズの前座となるステージなのですから、ゼイタク極まりないですね。1時間ちょっとのコンパクトにまとめられた収録時間も濃密です。
ラバーバンドの曲を前振りに、パーラメント、ファンカデリックの曲が強力。見所はやはりバーニー。ブーツィーと二人して肩を組んで、カメラに向かってポーズを決める瞬間もヤマ場です。そうしてあのベース・ソロになだれこんでいきます。
次の再発の際は、カットされているバーニーのソロ・コーナーをぜひフルで収録して欲しいものです。
ジョージ・クリントン & Pファンク・オールスターズの前座となるステージなのですから、ゼイタク極まりないですね。1時間ちょっとのコンパクトにまとめられた収録時間も濃密です。
ラバーバンドの曲を前振りに、パーラメント、ファンカデリックの曲が強力。見所はやはりバーニー。ブーツィーと二人して肩を組んで、カメラに向かってポーズを決める瞬間もヤマ場です。そうしてあのベース・ソロになだれこんでいきます。
次の再発の際は、カットされているバーニーのソロ・コーナーをぜひフルで収録して欲しいものです。
2017年9月3日日曜日
Bootsy’s Dvd Box
“Stretchin’ Out Live 1976”
“Player Of The Year 1978”
“Houston Summit 1978”
2011年。これ以前にすでにビデオでリリースされていた、ラバーバンドとしてはお馴染みといってよい映像の、DVD3本をセットにしたパッケージ。それぞれでバラ売りもされていますが、なんといってもこのボックスの売りは、河村要助氏のイラストを復活させて採用したアイデアです。
元になったミュージック・マガジン1981年3月号の表紙が強力です。この雑誌は今も根強く表紙にはイラストを使っていますが、だんだんとフォントが大きくなって、文字組みにも頼ってきていますね。かってはイラストレーターの作家性と、ミュージシャンの顔のアップだけで語らせていた頃がありました。その頃の、ブーツィーの顔がまた何というか。
このボックスに含まれている1978年のワシントンD.C.のライブですが、音だけでも、ブートCDが出回ったりしました。1992年の、UK製といわれる “Funk Prophets (Chapter II)” です。Chapter I の方はファンカデリックだったり、また同じ内容で “Spacebass” というブートもありました。
ブーツィーの初来日が1989年。90年代の前半は、まだまだ Pファンク自体が得体の知れない存在でありました。
“Player Of The Year 1978”
“Houston Summit 1978”
2011年。これ以前にすでにビデオでリリースされていた、ラバーバンドとしてはお馴染みといってよい映像の、DVD3本をセットにしたパッケージ。それぞれでバラ売りもされていますが、なんといってもこのボックスの売りは、河村要助氏のイラストを復活させて採用したアイデアです。
元になったミュージック・マガジン1981年3月号の表紙が強力です。この雑誌は今も根強く表紙にはイラストを使っていますが、だんだんとフォントが大きくなって、文字組みにも頼ってきていますね。かってはイラストレーターの作家性と、ミュージシャンの顔のアップだけで語らせていた頃がありました。その頃の、ブーツィーの顔がまた何というか。
このボックスに含まれている1978年のワシントンD.C.のライブですが、音だけでも、ブートCDが出回ったりしました。1992年の、UK製といわれる “Funk Prophets (Chapter II)” です。Chapter I の方はファンカデリックだったり、また同じ内容で “Spacebass” というブートもありました。
ブーツィーの初来日が1989年。90年代の前半は、まだまだ Pファンク自体が得体の知れない存在でありました。
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