2026年3月8日日曜日

Mark Guiliana “My Life Starts Now”

Strive

2014年。マーク・ジュリアナは米国はニュージャージーの生まれ、新世代を代表するとの呼び声も高いドラマー。
このアルバムも曲としてはレゲエだったりギターがうなったり、あれこれビートが展開しますが、すべて人力のドラミングとのこと。

シンプルに、スマートに、凝ったビートを聴かせるジャズ系ドラマーのソロ作でありましょうか。単純にバカテク自慢ではないにしても、ずっと叩いております。
これ聴くというよりは、ビートに合わせてギターを弾いてみたりドラムの練習したりと、そんな使い方にも適しているような。

実際のところ、プログラムでもサンプリングでも(気持ち良ければ)構わないのですが。
なるほど大した芸ではありますが、ちょっと途中で、もっとローカルのいなたいレゲエやダブ、ブルースの粗っぽいリフなんかが聴きたくなったりして。雑味たっぷりの、そっちの気持ち良さが。それとCD盤は米国と日本のみ、配信が主でしょうか。

ミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello は一曲に参加、ぶつぶつ呟いているだけですが。
ミシェルはジェイソン・リンドナーのアルバム Jason Lindner “Gives You Now Vs Now”(2009年)で共同プロデュースの一人として名を連ね、ベースをプレイもしましたが、そこでのドラマーがマーク・ジュリアナでした。
鍵盤のジェイソン・リンドナーとマーク・ジュリアナの二人は、共にデヴィッド・ボウイのあのアルバム(2015年)に参加したわけですけども、もしももしも、ひょっとしたら、ボウイとミシェルの共演もあったかもしれないと思うと、なかなか楽しく。



2026年2月8日日曜日

Ruthie Foster “Promises of a Brand New Day”

2014年。ルーシー・フォスターはテキサス州出身の歌手。14歳でソロイストとして地元のクワイア(合唱団、聖歌隊)で歌っていたとのこと(ウィキペディアより)。

ゴスペルにブルース、フォークとさまざまな曲が並んでおりますが、主役は歌声。言ってしまえば、聴きやすい薄口のメイヴィスといったところですが、しっかり揺るぎなく。“Promises”(約束された)というタイトルにこめた確信に揺るぎなく。

プロデュースはミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello が。ベースも担当しておりますが、渋いプレイに徹してバンドの屋台骨を支えております。
どちらかというとギターの Christopher Bruce (Chris Bruce) の方が目立っているかも。彼はミシェルとは長いつきあい。“Devil’s Halo”(2009年)から現在までのミシェルのアルバムにすべて参加している人物で。
またギターではブルースな一曲にドイル・ブラムホール2世 Doyle Bramhall II も参加。彼はミシェルの “Comfort Woman”(2003年)でもゲストとしてバリバリと弾き倒しておりました。

特にアルバムの前半では、ドラムやギターが大きめのバンド・サウンドが鳴っていて、歌を盛り上げておりますが、出すぎるということはなく。
ザ・ステイプル・シンガーズ Staple Singers も(STAX期の1968年に)カバーした “The Ghetto” を取り上げていたりも。オリジナルはデラニー&ボニー Delaney & Bonnie のソウル・クラシック。

ちなみにジャケットの裏面には、(曲目が並んでいるだけで)ミシェルの表記はなし。自分の名前や存在も出すぎては主役の邪魔になるといわんばかり。そういう契約だったのか理由は不明ですが。



2026年1月27日火曜日

Jason Moran “All Rise: A Joyful Elegy For Fats Waller”

2014年。テキサス州の大都市ヒューストンの生まれ、というジェイソン・モランは米国ジャズの鍵盤奏者。このアルバムはファッツ・ウォーラーへのトリビュート作品。

ファッツ・ウォーラーは大雑把に1940年以前とか第二次世界大戦以前と括られる、アーリージャズ期のピアニスト。ここからモダンジャズにもつながるという前段のパイオニアの一人でもあります。
ジェイソン・モランは同じピアニストとして共感や憧れ、自負もあるのでしょう。

軽やかなピアノが小気味良く、けっこうベースがズビズビいくという、聴いて心地良いアルバムです。
軽すぎずシリアスすぎずで、ジャズしか聴かないみたいなファンだけでなく、もっと広くの皆さんに楽しんで欲しいという意向が伝わってきます。今どきの録音ものですから、細かな音が鳴っていたりと、ヘッドフォンで聴いても楽しく。

プロデュースはドン・ウォズ Don Was とミシェル・ンデゲオチェロ Me’Shell NdegéOcello によるもの。
ドラムとベースはジェイソン・モランとはお馴染みのメンバーですが、ここではいつものバンドワゴン The Bandwagon というバンド名は使用せず。
サックスでスティーヴ・リーマン Steve Lehman も参加、ミシェルはすでに彼のアルバム Steve Lehman “Demian As Posthuman”(2005年)に参加しており。またエンジニアとしてミシェルとは旧知のボブ・パワー Bob Power の名前も。

ミシェルはいくつかの曲で歌っており。
もう一人の女性ボーカルと(似たような声で)渾然一体となって歌っていたりと良い感じ。
“Ain’t Nobody’s Business” ではミシェルが一人できっちりと歌っていて。バンドも単なる歌伴という以上に主張して、彼女らしく暗くて美しい仕上がりに。

歌詞を見ますと、さまざまな立場の、だけど少数派、弱者である側から歌われた歌詞でしょうか。ファッツ・ウォーラーには(このアルバムには入っていませんが)他にも “(What Did I Do to Be So) Black and Blue” という曲があって。
「こんなにブラックでブルーになるなんて俺が何をしたってんだ」とルイ・アームストロングも歌った有名曲。毒づいているような、嘆いているような。タイトルの “Black and Blue” には殴られて青アザだらけという含みがありますし、もちろん黒人で悲しいとも取れますし。
ミシェルとしては当然この辺りにも賛同しているでしょうし、それはまた主張でもありましょうか。

もしもミシェル一人だけのプロデュースであったのなら、どんな音のアルバムになっていたでしょうか。ドン・ウォズはブルーノート・レコードの社長(2012年1月から就任)ですから、商売抜きというのもあり得ずで。
例えば選曲が違ったとか。この “Ain’t Nobody’s Business” を聴くと、そんなことも思いますが。

なおライナーノートの内側には見開きで写真が。なにやら暗号めいた英字が掲載されておりますが、ファッツ・ウォーラーには “Your Feet’s Too Big” という曲があり。